53話 海辺の攻防

「うぎゃあッ!」


 宇宙人エイリアンが叫ぶ。

 確かに狂太郎は、彼の右足から黄緑色の血液(?)が噴き出しているのを見た。

 だが、


「ぐわあ! やられたっ! 痛い痛い痛い!」


 死んでは、いない。

 『ハンサガ』の敵は硬い、――一度、そのように語ったことがある。

 だが、”日雇い救世主”の攻撃で死なないというのは、少し異常だ。

 これに関して狂太郎は、最後まで原因不明のままで終わったが、のちのち火道殺音にインタビューしたところ、


――そんなん、決まってるがな。……手加減したんや。


 コーシエンは海辺の村。

 《こうげき》スキルを全開にしてしまえば、村への被害を無視できないだろう。


――せやから足、吹き飛ばして、失血死をねろうた。

――でもなんでか知らんけど、……あいつ、妙に頑丈でな。

――切断するつもりが、怪我しただけっちゅう。ウチの計算違い。


 彼女は悔しげにそう語っていたが、筆者はこれもやはり、『ハンターズヴィレッジ・サガ』のCEROレーティングの関係だと思う。

 この世界の武器を使った攻撃は、いかに強力な物理的破壊力を有していようとも、――”部位破壊”が出来ないようになっているらしい。

 奇妙な話だが火道殺音は、”最強の武器”を利用したことにより、獲物を仕留め損ねたのである。


 徐々に、騒ぎに気付いた村人たちが集まってきていた。

 その中には、見た顔もある。村長やガンダムくん、とんがり帽子の男などだ。


「もう、……一回……ッ!」


 最後の気力を振り絞り、今度は大きく振りかぶる体勢で、火道殺音が剣を掲げる。


「――ッ!」


 まずい。今度こそ助かるまい。

 そう思いかけた、次の瞬間だった。


 きぃん!


 と、鋭い音を立て、彼女が握っていた《天上天下唯我独尊剣》が宙に跳ねる。

 刃が、――中ほどから、真っ二つに折れてしまっていた。

 《アルテミスの弓》を構えた仮面少女と目が合う。

 矢を放った使い捨ての弓が、その一撃を最後に金色の粒子となって消えゆく。


――使ったのか。この土壇場で。


 最高の相棒、という言葉が頭に浮かんだ。だが、のんびり言葉を交わしている暇はない。


 そもそも狂太郎、未だにざぶざぶと足元を動かしていて、ちっとも前に進めずにいた。

 相変わらず、《すばやさ》は思うように働かない。加速した世界において、――波が足を捉える力は、尋常のものではない。のちに狂太郎が語ったところによると、「数百人の亡者に足首を掴まれているかのような」状態だったという。


――無理に動かすと、捻挫……悪くすると骨折するな。


 これまでの経験からそう悟った狂太郎は、《すばやさ》の段階をあえて下げることで、慎重に前進していくしかない。


「おい、宇宙人エイリアンこの野郎! 死にたくなければ、そこから逃げろ!」


 声を荒げて絶叫するが、


「ううううう……」


 『ハンターズヴィレッジ・サガ』のラスボスは、情けない声を上げるばかり。


「……足が……足が……」


 どうやら、先ほどの一撃がよほど効いているらしい。

 一応、惨めっぽく匍匐前進しているようだが、逃げ切るには遅すぎる。


――いかん。このままでは間に合わない。


 咄嗟に悟る。

 たぶん、火道殺音も同じようなことに気付いたに違いない。


 だから二人の”救世主”は、こう叫んだ。


「誰かッ! そいつを逃がしてやってくれ!」

「みんな、そこを動くなッ! そいつは、……ウチが狩るッ!」


 相反する命令。

 村人たちは、「おすわり」と「ジャンプ」を同時に命じられた仔犬のように、びくっとその場で硬直する。


 狂太郎は歯を食いしばって、


「殺すのは、……あとでも出来るだろッ!」

「あかんッ! そいつには……ここで……罪を……償わせろ!」


 このセリフ、――事情をよく知らない火道殺音が叫んだものとしては少し違和感がある。

 あるいは、この世界の人類の怨念が宿っているとされる、《天上天下唯我独尊剣》が言わせたものかもしれない。


 狂太郎、波打ち際で足元をふらつかせ、いったん転ぶ。

 四十近い男の体力の限界が近づいていた。これ以上の活動は、残りの人生に後遺症が残る可能性がある。中年になるともう、身体は壊れていくばかりなのだ。無鉄砲なヒーローにはなれない。


――こうなっては、みんなの判断を任せるしかない、か。


 そう思って顔を上げる、と。


 そこにあったのは、意外な光景だった。

 村人たちが数人がかりで肩を貸し、宇宙人エイリアンを浜辺から引きずりだそうとしているのである。


「走れ、走れ、走れ!」


 そうがなりたてるガンダムくんの声が、やかましく耳に聞こえていた。

 狂太郎はそれに、――以前、『デモンズボード』で出会った彼が、恩返ししてくれているように感じている。二人は顔が似ているだけの別人であるため、これは完全に感傷の一種なのだが。


「く……そ…………っ」


 ようやく身体の自由を取り戻した殺音が、よろよろとした足取りで波打ち際で膝をつく。

 ずさ、と音を立て、半ばほどから折れた《天上天下唯我独尊剣》が砂上に転がった。


 勝負、あり。

 陸に上がった《すばやさ》使いには、決して追いつけない。


 殺音は大きく深呼吸して、天を仰いだ。


 狂太郎、念のため、折れた剣を取り上げておいて。

 彼女、すでに全身、擦り傷だらけになっている。


「例の、《皮膚再生ジェル》だっけ? あれ、持ってきた方がいいかい」


 武士の情けだ。一応、聞いておく。


「いらん。……なんやの、急に。親切のつもり?」


 その返答はまるで、唾を吐き捨てるかようだった。


「”救世主”同士の競争は、フェアプレイが基本なんだろ」

「なんやそれ。……押しつけんといてぇ」

「あと、死なれたら夢見が悪い」

「格好つけて」

「しかし今のは両方とも、きみが言っていた台詞だ」

「…………………」


 少女、痛む全身を苦しむような仕草で、押し黙る。


――この分だと、どうやら死ぬことはなさそうだな。


 それどころか、この期に及んでまだ、完全に諦めている様子はない。

 このまま体力の回復を待っていたら、何をしでかすかわからない雰囲気だった。


 そこで、仮面少女が追いついてくる。

 思わずハグしてやりたくなる……が、――まだ彼には、最後の詰めが遺されていた。


「悪いが、彼女を看てやってくれ」

「ん。……おっちゃんは?」

「前に話した通りだ。世界を救ってくる」

「おっけ」


 すると少女は少し、おかしそうに笑った。


「ほな、ハッピーエンドってこっちゃ! やったね!」

「ああ」


 だが、まだ安心はできない。


――世界を滅ぼすスイッチ。”リセットボタン”。


 さすがにこれを放っておく訳にはいかない。


 今さらになって気付くが、ひょっとするとこの世界の”終末因子”は、宇宙人エイリアンではなかったのかもしれない。

 そもそもあいつ、人類を自分の玩具にして遊んでいたわけで。その滅びまでは望んでいなかった、ような。

 そう考えると、本命はあの、”リセットボタン”だったりして。


 答えはまだ、定かではない。


「火道」

「なんや」

「帰ったら、奢るよ」

「ウチ、京都住みやし。そっち関東圏やろ」

「あ、そうなんだ」


 なんだか勝手に、近くに住んでいると思い込んでいた。


「なんなら、ぼくがそっちに行っても……」

「なんや。デートにでも誘ってるつもり?」

「えっ。いや、そんなつもりは……。単純にその、情報交換のつもりで」

「きっしょ。ウチ、おっさんとかまじ無理やし。二度とウチに関わらんといて」


 ぐにぐにと眉間を揉む。

 なんだか、妙な敗北感を憶えていた。


――やっぱりあれだな。


 恋物語のようにはいかないか。


 狂太郎、去り際に、少女に一つ、小さな革袋入りのものを放る。


 そう思いながら、《すばやさ》を起動。背を向ける。

 ウイニング・ランの時間だ。

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