これもまた成長した証
俺にとって彼女……琴音は会いたいかと言われたら会いたくない。
自分よりも年下の女の子に対してこう言うのは最低かもしれないが、それでも俺に対して言われた言葉は全部覚えているためこうなっても仕方ない。
「会長はどうします?」
「えっと……どうするって言われてもね」
まあ確かにこうなるか……でも伊織もこうして琴音に会うのは初めてか?
存在と名前くらいは修から聞いてるだろうけど、流石にその辺りのことまで俺は把握していない……とはいえ、気になったのだからさっさと行ってみよう。
「と、取り敢えず後ろに居るわね!」
「うっす」
伊織にしては珍しくちょっと緊張しているようだった。
普段から堂々としている姿ばかり見ているだけに、こんな風に怖気付いている伊織を見るのは本当に新鮮だ。
取り敢えず伊織を後ろに控えさせるように、俺は琴音の元へ。
「何してるんだ?」
「っ……アンタは……」
敵意のある瞳が俺を射抜く……かと思えば、以前のような鋭さはなく弱々しい。
(……あんなことがあったんだ。中学生の子ならこうなるよな)
自分の母親が目の前で組み敷かれ、同様に餌食になりそうだった経験を琴音はしている……ゲームの中だとそのまま都合良く変わっていったが、普通ならこんな風に周りのこと全てが怖くなってもおかしくない。
そんな風に周りにビクビクしてもここに居る理由はたぶん、修なんだろうな。
「まだ修が出る種目はあるぞ。それかなんなら呼んでくるけどどうする?」
「……えっと」
「今までの種目でもあいつのかっこいい所はあったけどさ。可愛い妹が来たってんならもっと頑張ると思うぜ?」
「っ……」
こういう時は変に気を利かせずにこう言った方が良いと思い、俺はとにかく琴音ならば嬉しくなるであろう言葉を並べ立てた。
それが功を奏したのか琴音は顔を赤くして照れたような表情を浮かべたので、少なくとも俺相手なら上出来とも言える反応だ。
「ほら、どうするよ」
「……………」
そう問いかけると琴音は下を向いたが、すぐに顔を上げてこう言った。
「……どうして……どうしてそんな風に話しかけられるの? 私は――」
「気にしてないからだよ。俺も絢奈も、もうとっくの前に顔を上げたからな」
俺たちはもう前を見据えて歩いている……だからもう平気なんだ。
確かに彼女を含め、初音さんたちから放たれた言葉は苦しかったが、気持ち一つでいくらでも感じ方は変えられる……今の俺ならたとえ同じことを言われたとしても一切気にすることはないさ……まあ、代わりに絢奈がキレそうだが。
「……………」
「……怖さっつうか、痛みを知ったら他人に寄り添えるようになるもんだ。俺を見ただけで罵声を飛ばしてた生意気小娘がこんなにしおらしいんだもんな」
「う、うるさい!!」
普通だったらもっと汚い言葉を返されてもおかしくはないはず……でも何度も言うが俺にはそんなつもりはないし、そんなことをして誰かを苦しめるくらいなら身近な幸せを精一杯噛み締めさせてもらう。
「だから……俺はお前を許す」
「……あ」
「修を通じて色々あったことは知ってる。親友と仲が良いってのに、いつまでもその妹といがみ合うのは嫌だからな。仲良くしてくれとは言わない……ま、よろしく頼むってことだ」
よし、取り敢えず言いたいことは全部伝えた。
ずっと黙って傍に居てくれた伊織はどこか俺を不思議そうに見つめつつ、笑みを浮かべてこう言った。
「私は詳しいことを知らないわ。でも本当に雪代君は凄いのね……傍から見ていると私よりずっと年上みたい……ってまた同じことを言ったわね」
「前世で死んで転生した人間かもしれないっすね俺は」
「あら、そんなジョークも言うのね」
ジョークでも冗談でもないんだがなこれが。
俺と琴音の間に何かがあったことを察したようだが詳しいことは聞かない伊織に感謝をしつつ、せっかくだし修に会わせてやりたいなと俺は思った。
「ちょうど休憩時間だし修に会ってこいよ。このお姉さんが連れてってくれるから」
「え?」
「あら、私で良いの?」
「むしろ会長だからでしょ――修と今、もっとも親しい人だから大丈夫だ」
「……え!?」
後半は伊織に聞こえない程度の声量で呟いた。
俺と琴音の間にはまだまだギクシャク感は拭えないが、それでもこんな風に俺が彼女に近付いて言葉を交わせられるだけでも進歩と言えるのではなかろうか。
「あの……お願いして良いですか?」
「もちろんよ。……ねえ雪代君。何を言ったの?」
「何でもないっす。それじゃあ後は任せます」
琴音の背中をトンと押して伊織の元に向かわせた。
伊織は最後の最後まで俺が何を言ったのか気になったみたいだが、まあどんな関係性に落ち着くかはともかく……今の琴音には包容力ある女性の存在も必要だろうしちょうどいいはずだ。
「よお雪代!」
「相坂か」
伊織たちと入れ替わるように現れたのは相坂だ。
バシンとそれなりに強く背中を叩いてきたことは少々ウザかったものの、相変わらず眩しい頭を見てしまうとその気も失せる。
「あれ、佐々木の妹なんだな……ふ~ん」
「なんだよ」
「いや……やっぱお前ってすげえんだなって思っただけだ」
「何がだよ……今からトイレだけどどうする?」
「俺も行くわ」
というかこいつ、さっきのやり取りをジッと見ていたのか……別に恥ずかしいことをしたつもりはないけれど、それからずっと相坂はすげえすげえととにかく俺のことを褒めてきたので、俺がいい加減止めろと強く言うのもすぐだった。
「相坂せんぱ~い!」
「あ……真理ちゃん!」
「真理ちゃんってお前……」
これまた突然に現れた真理に対し、あまり見たことのない顔になった相坂……そんな彼を見て、俺もまたおちょくる材料を手に入れることが出来るのだった。
その後、休憩が終わってから体育祭は再開した。
特に問題が起こることもなく無事に閉会式まで進み、一つのイベントが幕を下ろすのだった。
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