もう気にしてないから声くらいは掛ける

「修は……」

「どうしたの?」


 修は……家族はどうしたんだと聞きそうになって言い淀んだ。

 言葉を止めた俺を見て修は首を傾げ、絢奈は俺の考えていることを分かってはいないみたいだが、それでもどこか心配そうに俺を見ている。


「……何でもない。つうか何を言おうとしたか忘れちまった……歳かもしれん」

「何言ってんのさ……」


 呆れたような顔をした修に苦笑し、俺は何とか誤魔化して前を見る。

 俺と絢奈は母さんが来てくれている……たとえ片親だとしても、家族の誰かが見守ってくれていることは何よりも嬉しいことに違いはない……でも、どこを見ても修の家族……つまり残った父親などの姿はどこにもない。


(あんなことがあったとはいえ……それでもなぁ)


 両親は離婚したわけだが、父親は修や琴音を心配しながらも単身赴任をしばらく止めるわけにはいかないみたいだしな……それと、琴音もあんなことがあって怖がっているとも修に聞くし。

 俺からすれば修のお父さんに関しては気の毒ではあるが、琴音に関しては……ぶっちゃけざまあみろとか思うことはなくて、むしろ原作のようにならなくて良かったじゃないかと思うくらいだ。


(初音さんはどうしようもなかったみたいだけど……)


 色々纏めると、修の家庭はボロボロだということだ。

 本来訪れるはずの未来に比べれば遥かにマシではあるものの、せっかくの体育祭なのに家族が誰も居ないというのは……修の立場で考えるとやっぱり寂しいからな。


『次の種目まで15分間の休憩を取らせていただきます』


 ちょうど良く休憩時間が来たので、俺はそっとその場を離れた。

 絢奈と修は仲良く話をしているので抜け出しても大丈夫だろうか……まあ何か目的があって一人になったわけでもない。


「あら、雪代君?」

「会長?」


 声で分かったが、振り向いた場所に居たのは伊織だった。

 パン食い競争の時に揺れていたその大きな胸に目が向きそうになったのを堪え、どうしたんだろうと目を向けた。


「特に用はないのよ。知り合いが居たから声を掛けただけ」

「なるほど」

「修君は?」

「修ならテントっすね。絢奈と一緒に居ると思いますよ」

「あなたは一緒に居ないの?」

「時に一人になりたくなる時がないっすか?」

「あるわね」


 でしょうと、俺は苦笑した。

 それから適当に切り上げて伊織から離れようとしたところ、彼女は何故か俺の後ろを付いてくる。

 俺が立ち止まれば彼女も足を止め、動き出せば彼女も足を動かす……えっと……何をしてるのかな?


「会長?」

「ごめんなさい。ちょっと気になってしまって」

「……さよですか」

「さよよ」


 さよよは新しいな……意外と天然ですかと聞きそうになったがやめておく。

 休憩時間だし何もやることはない……それなら珍しくはあっても伊織と二人で話すのは良いかもしれない。


「ちょっとお話します?」

「そうね。お願いするわ」


 ということで、この休憩時間は伊織と過ごすことに決めた。

 とはいえやはり何かするということもなく、伊織は生徒会長という立場上は何か問題が起きていないか確認の必要があるらしく、チラチラと辺りを見回しては安心したように頷いている。


(根っからの仕事人気質だよな伊織って……美人の女上司とか、そういう漫画に出てきそうなタイプだし)


 それこそ修が入った会社に前から入社していて、そこで再会して新たな関係が始まるみたいな……意外とありそうだなと想像するのは面白かった。


「最近、修君が少し元気ないのよね。色々あったのは聞いているけれど、やっぱりちょっと気になってしまうから」

「……まあ確かにそうですね」


 伊織も修のことはかなり気にしているらしく、あれから色々と気遣いというか話はしているみたいだが……それにしても、一時期は修に対して諦めに近い感情を持っていた伊織がこんな風になっているのは……なんつうかあれだな――みんなが前に進んでいるって感じがする。

 俺と絢奈がそうであったように、修と伊織もそうなっている……その意味では真理も同じかな?


「あいつのこと、気に掛けてやってくださいよ」

「言われなくてもそのつもりだわ。後半年もすれば卒業だけれど……それ以降の時間は無限にあるものね」


 ……心配はない……はずだけど一応、どうにか意識改革くらいはしておいて良いかもしれないな。

 うちの高校だと伊織は冷たさが目立つ印象になってはいるけれど、少しでも押しが強い相手を前にしたら断わり切れなさそうだし。


(それってたぶん伊織が相手に対して面倒だと感じるわけじゃなくて、単に悪いと思って相手の意志を尊重する結果なんだろう)


 それはそれで困った性格だけど、絢奈にも協力してもらえばいくらでも変えることは出来る……かな? そうなると絢奈にも少し事情を説明することになるがまあ大丈夫だろう。


「それにしても雪代君は本当に不思議な男の子ね。こうして会話をしているとどこか年上の人と話してるみたいだもの」

「そうですか?」

「えぇ。よく分からないけれど……頼りになるって思うわ」


 女性にそう言われるのは嬉しいことだな。

 それからも伊織と共に話をしながら時間を潰している時だった――俺は視界の隅に見覚えのある女の子を見つけた。


「……あ」

「どうしたの?」


 その子は少し挙動不審な様子で周りを見ている。

 小柄な女の子だが見た目は非常に整っており、そんな子に目を付けたうちの在校生が声を掛けるようなところも見える。

 少し前のあの子なら堂々と胸を張り、暴言の一つでも言っていたような気がするけどその様子は見られず、オドオドとして自信が無さげだ。


「なんだ……来てたのか」

「あの子は?」

「修の妹ですよ」

「……え!?」


 そう、そこに居たのは修の妹である琴音だった。

 なんだ来ていたのかと俺は思い、声を掛けるために近付く……その時、彼女から掛けられた言葉がいくつも脳裏を過ったが、全く怖気づくことなんてなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る