僕たちは見た

 修と二人でアイスを食べている時に出会った伊織だったが、そのまま彼女は行動を共にすることになった。特に予定もないらしく暇をしていたとのことだ。伊織からすれば修と一緒に居たいはずだと思い俺はそれとなく理由を付けて離れようとしたのだが、修がせっかくだし一緒に遊ぼうなんて空気の読めないことを言いだした……っと、それだけなら良かったんだ。


『別にいいじゃない。私も雪代君に少し聞きたいことがあるし』


 そう言われてしまい仕方なくそのまま行動することになったのだ。伊織が加わったとはいっても特別な場所に行くこともない。手始めにボウリングでもどうかと考えそのまま向かったわけだが……何というか、改めてプライベートでこの二人を見るのは新鮮だった。


「ねえ修君。一番点の低い人は罰ゲームにしない?」

「……一体何を命令するつもりですか?」

「それは……ふふ。何を命令しましょうか」

「絶対にやりません」

「えぇ~」


 伊織といえばクールな印象が表立って目立つ女性だ。しかし話してみればお茶目な面もあるし冗談だってそれなりに言う人でもある。でも修が傍に居るだけでこんなにも可愛らしいというか、普段見ることのない表情が見れるんだなと不思議な感覚だ。


「雪代君。何やら私たちを微笑ましそうに見ているけど、罰ゲームはあなたもあるんだからね?」

「……マジですか?」

「えぇ」


 完全にいい意味で蚊帳の外だと思っていたのにな……。まあでも、その方が楽しめると言えば楽しめるのかもしれない。ほんとにやるのと言わんばかりの修の顔だが、俺がやる気を見せたことで諦めたらしい。

 それから三人で罰ゲームを回避するためのボウリングが始まる。俺と修は決して上手いというわけではなく、かろうじて俺の方が点が高いと言ったところだ。その反面伊織はプロですかと言ってしまいそうになるくらいに上手だった。


「会長めっちゃ上手くないですか?」

「ふふ、ありがとう。友達とよく来るからそのおかげかしらね」


 それだけでそんなにストライクは量産できないと思うんだけど……いざ終わってみれば一位はもちろん伊織だった。その下に続くように大差を付けられて俺と修が続く形になった。つまり罰ゲームを受けるのは修になったわけで、ガックリと肩を落としていた。


「しゅ、修君? そんなに落ち込まなくても大丈夫よ? そんな酷い罰ゲームをするわけじゃないんだから……」


 言い出した張本人が慌てるくらいの修の落ち込みようだ。トイレに行くついでに何か飲み物を買ってくると椅子を立った修を見送り、残されたのは俺と伊織だった。俺自身この人と二人っきりになることが今までなかったので何を話せば良いのか分からなかったが幸いにあっちから話を振ってきた。


「音無さんは今日どうしたの?」

「星奈さん……お母さんと買い物らしいです」

「そう、仲が良いのね」

「……はは、そうですね」


 少し前まではこんなこともなかったなとやっぱり思ってしまうな。俺がどうして笑ったのか伊織は首を傾げていたけど、流石に絢奈の事情を知らないのならその反応も仕方ないか。別にだからと言って誰かに話せることでもないんだけど。


「ねえ雪代君」

「何ですか?」

「来年のことになるんだけど、音無さんに次の生徒会長をお願いしたいと考えているの」

「生徒会長に……え!?」


 突然のことに大きな声が出てしまった。来年の生徒会長ということはつまり伊織の後釜ということになる。確かに絢奈なら生徒会長の仕事も熟せるとは思う。生徒だけでなく先生からの信頼も厚いからこそ誰も反対はしないだろう。

 ……でも、たぶんだけど絢奈はやらないだろうな……何故だかそんな確信があった。


「その表情を見るに音無さんはやらなそうね」

「分かりますか」


 伊織は小さく頷いた。


「あの子は本当に雪代君しか見えていない。あなたの傍に居ることこそが幸せで、むしろそれしか求めてないように思える。けれどだからと言って他のことに無関心ではなく、あなた以外との交流もしっかりしているし……何というか、凄い子ね」

「……そうですね」


 最近ではあまり絢奈と会っている印象はなかったけど、どうやら絢奈のことをそれなりに理解しているらしい。そう見えたわけでもないのは確かみたいだし、伊織自身の勘の鋭さというやつかもしれない。


「それじゃあ諦めるしかなさそうね。結構いい人選だと思ったんだけど」

「もしかして聞きたいことってそれですか?」

「えぇ。私ももうすぐ卒業だし、後任については色々と考えているのよ……あ」


 そこで改めて俺を見て伊織は声を上げた。


「雪代君が生徒会長でも――」

「ごめんなさい」

「……ちょっと返事早くないかしら」


 ……いや本当にごめんなさい。たぶん本気で言ったつもりはないんだろうけど、生徒会長みたいなめんどくさいことはやりたくないのだ。こう思うのは俺だけじゃないはず……そう思いたい。


「ただいま……ってなんか大切な話でもしてた?」


 ジュースの缶を三つ持って帰ってきた修がそう言った。渡されたコーラを飲んで喉を潤しつつ、俺は別に隠すことでもないしとそのまま伝えた。


「絢奈を来年の生徒会長にしたいんだってさ」

「絢奈を? 絶対やらないですよ」

「修君まで同じことを言うのね……」

「だって斗和と居る時間が少なくなるじゃないですか。絶対にやらないって断言できますよ」


 ……まさか修からこんなことを言われるとはな。少し前までなら考えられなかっただけに、やっぱり修はちゃんと前に進めたってことなんだろう。どうやら伊織も思ったことは同じらしく、彼女は最初驚いていたがすぐに笑みを浮かべて修に体を寄せた。


「ふふ、修君はやっぱり変わったわね」

「……近いんですけど」

「近いわ。少し顔を寄せればキス出来てしまうくらいに」

「離れてください」

「嫌」

「……………」


 やれやれ、また始まったぞこの二人……。内心で疲れたなと思いつつ、面白くもあるので俺はコーラを飲みながら見物だ。

 顔を赤くして体を離そうとする修の肩に手を置いて離さないようにする伊織。そのまま体を引っ付けて全力でアピールしていた。しっかりと自分の長所というか、体の優れた部分を使って修の反応を楽しんでいる。あたふたする修はもちろんだが、微妙に伊織も頬が赤くなっているので恥ずかしくはあるのだろう……つまり、それだけ伊織は修のことが好きなんだということだ。


「……でもさ、これ俺と絢奈も周りからこんな風に見られてたのかな」


 そう考えるとちょっと恥ずかしいな。

 しばらくいちゃつく二人を眺めた後、今度はカラオケに行くことになった。ちなみに罰ゲームに関してだが、俺が居ない時に是非修にしてやってくれと伊織に伝えておいた。修は見捨てないでくれって顔をしていたけど諦めろと肩に手を置くのだった。


「厄日だ今日は……」

「あら、こんな美人と出会えて厄日だなんて酷いわね」

「美人って……いや、何でもないです」

「ふふ♪」


 あれは言い返す言葉が見つからなかった顔だ。しかもある意味肯定の意味も含んでいるので伊織はご満悦な様子で修の腕を抱いた。周りから修に向かって物凄い嫉妬の目が向かうものの、修は縮こまったりはしなかった。


「伊織さんが傍に居ることが多いのでもう慣れました」

「嬉しいでしょう?」

「……それは……はい」


 お前らもう付き合っちまえよってそんな言葉は内心で呟くだけにしておく。そんな風に騒がしく歩いていると、何やら騒がしい場面に出くわした。二人組の女性をチャラい男がナンパしているようだ……ってあれは。

 思わず足を止めた俺に続くように二人も足を止めた。


「……あれ、絢奈と星奈さんじゃない?」


 そう、女性二人はこちらに背を向けているが間違いない……あれは絢奈と星奈さんだ。男の方はよほどしつこいのか身振り手振りで誘っているけど、星奈さんが首を振って拒否の意思を見せている。絢奈の方は……ちょっとマズいかもしれない。肩がプルプルと震えている。


「ちょっと行ってくるわ」

「僕たちも行くよ」

「えぇ、ああいうのはガツンと強く言わないと」


 いや、助けに行くのもそうなんだけど……絢奈が爆発する前に――。

 駆け出した俺がその場に着くよりも早く、男が絢奈の肩に手を置こうとしたその時だった。パシンと絢奈が目にも止まらぬ速さで男の手を叩いた。

 男は逆上するように絢奈を問い詰めようとしたが、絢奈の表情を見て動きを止めた。隣に居る星奈さんもギョッとしたように絢奈を見つめて驚いている。


「何触ろうとしてんだよ気持ち悪い。とっとと視界から消えてくれないかな……ねえ、消えろ。消えろって言ってんだろうが!!」


 ……何を言われたのか分からないけどかなりキレているぞこれは。


「……あれ、見間違いだった?」

「音無さんに凄く似た人みたいね。それにしても凄い迫力だわ……」


 ……おっと、成程そういう反応になるのか。

 目の前でそんな声を上げた絢奈に男は恐れを成して逃げて行った。星奈さんはちょっと涙目になりながらも絢奈の肩に手を置くと、絢奈はちょっとカチンと来ましたと笑った。そして彼女はこちらを向いて目を丸くした。


『……あ』


 そんな間抜けな声が俺たちの間でシンクロするのだった。

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