失せろ

 待ちに待った……は言い過ぎかもしれない、だけどある意味で羽目を外して遊ぶいい機会なのは確かだろう。


「しっかしでっかいなぁ」


 水着の状態で腰に手を当てている俺の目の前に広がるのは新設された屋内プールの風景だ。新しく出来たというだけあって綺麗だし、何より人がとにかく多い。老若男女問わず色々な姿が見え、今目の前でも友達と来たのか幼い子供たちがキャッキャと騒がしく走っている。


「あはは! ……あ、うわわっ!?」

「おっと」


 目の前で小さな女の子が転びそうになったので思わず手を差し伸べる。水着ということもあって体を守る面積は少ない、だからこそこんな場所で転べば擦り傷を負うだろう。せっかく楽しんでいるのに痛さを抱えて楽しめないのは勿体ないからな。


「あ、ありがとうお兄さん!」

「どういたしまして。気を付けてな」

「うん!!」


 小さな子供の笑顔って心の泥を洗い流してくれるようだ。友達と合流してこちらに笑顔でブンブンと手を振る女の子に手を振り返していると、肩にポンと手を置かれた。


「お待たせしました斗和君!」

「お、おぉ……」


 こうやって声を掛けてくるのは絢奈以外あり得ないのだが、彼女の姿を見た時俺はある意味で圧倒された。黒のビキニを身に着けている絢奈の姿、いつもは大人しい印象の服装が多い彼女だが、こうして開放的な姿をしているとその暴力的な美が強調される。

 絢奈が纏う雰囲気は清楚な感じだが、こうして惜しげもなく肌を晒していると逆に色気が目立つ。体の好みは人によって違うとは思うけど、絢奈の体形は言ってしまえば女性の求める理想像のようなものな気がする……まあこれはあくまで俺の考えだけど。


「ふふ、その様子だと合格みたいですね」


 クスクスと笑って絢奈は俺の腕を抱いた。


「人並みな言葉だけど凄く似合ってるよ。ちょっと視線が集まってて複雑ではあるけどさ」


 利用客、主に男の視線が絢奈に集まっているのを感じる。こういった場所に来てこんなことを気にするのはどうかと思うけど、やっぱり気になるモノは仕方ない。絢奈も視線が集まっているのは理解しているようだが……絢奈は更に俺に体を寄せた。


「それなら見せつけてしまいましょう。誰も私たちの間に入り込むことなんてできないってことを」

「……そうだな」


 二度目になるが今日は思いっきり羽目を外すと決めた。楽しむのももちろんだし、絢奈とたくさんイチャイチャすることにしよう。


「絢奈、今日はたくさん楽しもう」

「はい!」


 笑顔で頷いた絢奈と共に歩き出そうとした時、鼓膜を震わせる声が届いた。


「完全に私たちが居ることを忘れてるわね……」

「あはは、いいじゃないの。それだけラブラブってことだし」


 あ……そういえばこの人たちも居たんだった。振り向いた先に居たのは女性二人、どちらも俺と絢奈にとって知り合いになる。というか伊織とその友達の赤坂さんだ。

 彼女たちと出会ったのは本当に偶然だった。今日俺たちはここに来ることを予め予定していたのだが、入り口でバッタリ彼女たちと出会ったのだ。


「……本条先輩、本当に学生ですか?」

「老けているとでもいうつもりかしら?」


 絢奈の言葉に伊織が不満そうにそう返した。いや、たぶん絢奈の言葉の意図はそうではないと思う。伊織は同年代に比べて背が高い、しかも顔立ちは大人っぽいしその体も極上とも言える物だ。スタイルは絢奈以上で彼女が現れたことで更に視線が集まっている。


「それじゃない? 伊織ちゃんおっぱい大きいもんね」


 特に隠すこともせず直球で赤坂さんがそう言った。しかもツンツンとその大きな果実を突くようにしているので赤坂さんの指がむぎゅっと沈んでいく。あ、見ていた男性が屈んだぞ。


「やめなさい」

「あいたっ」


 ぺしっと頭を叩いて赤坂さんが涙目になった。でも……こうして伊織と赤坂さんを見ているとお姉ちゃんと妹みたいな感じだ。スタイルが抜群の伊織に比べて赤坂さんはちょっと色々小さいからな。


「斗和君、赤坂先輩に小さいは禁句ですよ。絶対に言わないでください」

「あれ、口に出してた?」

「……赤坂先輩を見たらみんなそう考えると思ったので」


 絢奈さん、あなたが一番失礼なことを言っている気がするよ。とはいえどうやら今の会話は聞かれていたようだ。


「ちっちゃくないもん! いつか伊織ちゃんみたいにバインバインになってやるんだからあああ!!」

「だからそういうことを大きな声で言わないの!!」


 二人の絡みをそう見たことはないけど、かなり仲が良いんだな。微笑ましい光景に思わず笑みが零れそうになるけど、やっぱり姉と妹みたいに見てしまいそうでまた赤坂さんに何か言われそうだ。


「それじゃあ俺たちは行きますね」

「えぇ、お互い楽しみましょう」


 そう言って俺たちは二人と別れた。

 さてと、これから遊ぶわけだがどこに行こうか。こういう施設に来るのは初めてではないが、かといって何回も来たことがあるわけではないので結構楽しみにしていたのだ。


「色々あるな……」

「そうですね。新しいだけあって気合の入りようが凄いです」


 定番のウォータースライダーとか良さそうだけど、凄い列が並んでいて諦めるしかなさそうだ。何かないのか、そうやって探していた俺に聞こえるように絢奈が声を上げた。


「あ、斗和君あれとかどうですか?」

「あれ……?」


 絢奈が指を指した場所には何もない、一体どうしたのかと聞こうとして俺は腕を思いっきり絢奈に引っ張られた。


「それ!」

「ちょっ!?」


 絢奈に引っ張られるようにプールの中へ、ドボンと大きな音を立てて俺たち二人はプールへと落ちた。いきなりのことで少し水を飲んでしまったが、すぐに顔を水面から出して息を吸う。


「……ぷはぁ。いきなりやったなぁ絢奈!」

「あははは! 斗和君凄い顔だったよ!」

「そりゃあんな不意打ちもらえば誰でも……って」

「? どうしましたか?」


 ……今一瞬、絢奈から敬語が消えた気がしたけど気のせいか? 絢奈が外側に対する壁を作る弊害として生まれた敬語、それが一瞬取れたような気がしたのだ。


『斗和君、今度はどこに行く!? 私行きたいところがあるの!!』


 ふと脳裏に浮かんだ出会った頃の絢奈、当たり前だけど今よりも活発だった絢奈の姿が……はは、そうだよな。あれからどれだけ年月が経とうとも、思い出の中の絢奈はちゃんとこうして傍に居るんだと実感した。


「絢奈」


 彼女の腕を引いて思いっきり抱きしめる。最近はこうして懐かしい気持ちになったりすると彼女を抱きしめている気がする。


「ふふ、斗和君は甘えん坊ですねぇ」

「それを絢奈が言うか」

「そ、それを言われると弱いですけど……」


 目を逸らす絢奈の様子に思わず笑みが零れた。けれど、こういう施設には不特定多数の人が訪れるというのは当たり前だ。だからこそ、こんな人だっている。


「おっとっと!」


 足がもつれた振りをして絢奈に抱き着こうしてくる男が居た。大人ではなく、おそらくだが別の高校に通う同年代の男子だ。言葉とは裏腹にそいつは絢奈の胸に手を伸ばして顔はにやけていた……のだが、絢奈が丁度そいつの顔が来る位置に肘を上げた。


「がっ!?」


 鼻っ柱に突き刺さる絢奈の肘……あれは痛いぞきっと。鼻血は出てなさそうだけど赤くなっている。流石に彼もこれは予想外だったのか、さっきまでのにやけ面を引っ込めて怒りの感情を見せた。


「おい、ふざけんなよおま――」


 絢奈の肩に手を伸ばし掴もうとしたが、さっと振り向いた絢奈が口を開く。


「失せろ」

「ハイ」


 男、撃退。

 ここからは絢奈の顔が見えなかったけど、たぶん相当怖い顔をしていたんだろうなぁ……。再び俺の方に向いた彼女は笑顔だったが、まるで汚れを落とそうとするように肘を摩っていた。


「あ、斗和君スライダー空きそうですよ?」

「お、本当だな」


 ハプニングと呼んでいいのか分からないが、今の出来事を忘れるように俺たちはウォータースライダーへ。二人揃ってそれなりの高さから滑り落ち、凄い勢いで水の中へ着水した。

 お互いに水から顔を出して浮かべるのは笑顔、思った以上にお互い楽しめているようだ。さて、次は何をしよう。そう思った時、目の前に挙動不審な様子で辺りをキョロキョロする伊織を見つけた。


「あ、二人とも……」

「本条先輩?」


 首から下を水面に隠すようにしているその姿……俺と絢奈はあっと声を出して今の伊織の状況を理解した。


「伊織ちゃん見つけたよ!!」

「ちょ、ちょっと馬鹿!!」


 顔を真っ赤にして伊織が叫ぶ。

 ……うん、赤坂さんってやっぱり結構天然だよね。そのまま持って来ればいいのに、手に持った水着をヒラヒラさせながらこっちに向かってるのだから。

 結局、伊織の水着を見つけたファインプレーをした赤坂さんではあったのだが、後に頭にたんこぶを作ったのは言うまでもなかった。

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