第17話



 肌寒い季節だ。毛布から出るのが辛い。


 ゲームのやりすぎで眠たい瞼を開き、ジリジリと鳴っている目覚まし時計に拳を落とす。二度寝用のスマホの目覚まし機能を解除しつつ、俺はのろのろと毛布から這い出た。


 飯を食べ、学校へ。


 沙希よりも早く登校してる。ただ真面目なわけではない。時間を意図的にずらして登校している。


 未だにクラスの奴等には俺と沙希の関係性を伝えていない。沙希は友達であるカースト上位の奴等にも言っていないようだ。


 だから、誤解が招くようなことはしない。


 学校ではあくまで他人。元々、関わりのなかった俺達だ。今さら仲良くしようとしても違和感が凄い。


 そうして、早めに学校に着いた俺がやることはツムギの切り抜きチェック。


 切り取られた場面を面白おかしく編集した動画に癒されながら、俺は沙希が来るまでニヤニヤしてやる気を充電する。


 ホームルームの時間となると担任の男性教師がやってきた。


「おはよう。そろそろ文化祭が近いから何をするか決めなくちゃいけない。今日の放課後に何かやりたいことがあるか聞くから考えといてくれ」


 騒がしく声を上げたのは教室内で発言力が高いカースト上位の者達だ。そこには沙希も居る。


「無難にカフェとかで良いんじゃね?」


「うちはダーツバーやりたいかな」


「劇だろ。シンデレラは沙希で、ロミオは俺な」


「え、絶対にいや」


「たこ焼きか焼きそばの屋台に一票!」


「お前が食いたいだけだろ」


「それな」


 俺のような陰キャ組は無言か友達同士で物理的に小さな声で話すぐらいで、文化祭の案を上げることはなかった。


 どうせ、採用なんてされないのだ。


 陰キャは解っている。自分の立場を。


 クラス内という小さな環境で、穏便に過ごすにはやり過ごすしかない。絶対の権力を持つ者達は早い段階で確立されているのだから。


 俺はひっそりと息を殺し、ランク帯で一度は必ず経験する芋虫プレイのように、もぞもぞと体を縮こませる。


「はい静かにー」


 教師の発言によって静かになった教室では通常通りのホームルームが行われ、その後に授業を消化する。昼休みを挟めば、放課後となった。


 帰りのホームルームでは文化祭の案を複数個上げ、その中から多数決で決められることとなった。


 選ばれたのはメイド執事喫茶。劇とカフェの間をとってそうなったらしい。陽キャの考えることは意味がわからん。


 だが、それが俺達がやる文化祭の出し物に決定した。


 色物の喫茶店だ。女はメイド服を着用し、男は燕尾服を着て接客する。


 俺は真っ先に裏方を選んだよ。同じような大人しめな者も同じく、調理班と内装班に別れた。


「優作は執事やらないの?」


「やらん。絶対に無理だ。心臓発作で死ぬ」


 机の端に両腕を組んで話しかけてきたのは沙希だ。誰も気付いていないぐらい自然に話しかけてきている。


 俺はそちらへ見向きもせず、小声で吐き捨てる。


「そっかぁ。見てみたかったな……」


 晒し者にしたいってことか。本気で言ってるならセンスを疑うね。俺は既にチーター掲示板で晒されているのだ。これ以上、精神的に負荷をかけてくるのはやめてくれ。


 俺の執事姿を見て喜ぶやつはいない。


 そんなことを思っていたら、沙希の周りに同じようなギャル達が集まってくる。俺は修行僧並みに無言になった。


「沙希はメイド服めちゃ似合いそう」


「それな」


「えー、そうかなー?」


「着たら写メ撮らせてよ」


「いいけど、どこにも載せないでね?」


「もち」


 わいわいと賑わう教室でホームルームが終わる。明日から文化祭の準備を本格的にやっていくそうだ。


 俺は裏方の調理班。何を出すのかも決まっていないが、接客するより遥かにマシである。下っ端として使われるのを受け入れよう。


 沙希達が教室内で駄弁っているのを他所に、俺は黙々と帰る支度をして校舎から退出する。


 友達と呼ぶべき者は居ない。一緒に帰る友達が居ないからといって寂しくなることもない。


 スマホに差したイヤホンから流れるツムギの声に癒されている。


 俺の清涼剤だ。スポーツドリンクに抽選でツムギの声データを付ければ、めっちゃ売れると思う。俺なら箱で買うね。


「優作! 一緒、帰ろうよ!」


 俺の名前を呼ばれ、はたと立ち止まる。門を出たところで後ろを振り向けば沙希だった。


「……は?」


 嫌そうに目を細める。


 校門前で堂々と隣にやってきた沙希の神経を疑ってしまった。


「いいじゃん。一緒に帰るだけだよ?」


 前屈みになって俺の顔を覗き込んでくる沙希だが、緩い胸元が見えていて視線を逸らす。この無防備さが男ウケするのだろう。


 誘惑しているのだ。現代版サキュバスだ。


 俺はチャームから逃れるため、スタスタと前へ歩く。磁石のようにくっついてくる女へ言ってやる。


「……お前というものはまるで分かっていない。学校は社会の縮図なんだぞ。嫌なことを学び、ストレス耐性を身に付ける場だ。クラスの人気者が俺みたいなやつと話していたら、目を付けられるだろうが」


「何それウケる。誰も目を付けるなんてしないっしょ。それに、学校は楽しいところだよ?」


「……楽しくねえよ。勉強するためだけに他の奴等と同じ箱に詰められるんだ。刑務所と同じだ」


「卑屈だなー。ちゃんとコミュニケーション取れば意外と良い人ばっかりなんだよ?」


 違うな、それは。沙希が話すからこそ相手はまともに返すのだ。俺が話しかけたところで微妙な空気になるだけ。


 去年、高校一年の春に経験したばかりだ。


「……いくら同じ教室に居ようと結局は他人なんだよ。気に食わないことがあれば心無い言葉をすぐに言ってくる。お前も気を付けろよ」


「んー、お手上げだなぁ。そんなことないのに……」


 口をすぼめる沙希を横目に見ながら、俺は歩きを止めずに質問を投げてみた。


「で、お前はどうしてやって来たんだ?」


「なにが?」


「俺と帰ろうとするからには用件があるんだろ?」


「え、ないよ?」


「……」


 わざわざ同じ帰途に着く意味が分からない。


「昨日さー、ショットガン撃ってたじゃん。やっぱりピースキは難しいね。エイトかマスティのほうに変えればよかったかなー」


「……一長一短だ。ピースキはADS前提だから遮蔽あるところか、扉付近で運用すると強い」


「うーん、エイムしながらってのが難しい。腰撃ちでカスダメだったし」


 歩きながら昨夜のゲームについて話し始めた沙希に俺は戸惑いながら後ろへ着いていく。


 沙希の様子からは本当に意味もなく、俺と一緒に帰っているだけのようで、陰キャの俺と陽キャの沙希が一緒に帰るのはとても不思議な気分だった。

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