第15話

 帰宅すると、夕食は深雪さんと二人きりだった。


 沙希はvtuber同士の交流で、親父は仕事だ。


 食事中は深雪さんに話を振られていたが、「あぅ」とか「うぅ」とか言いつつも回らない舌を必死に動かしていた。


 深雪さんは距離感を掴むのが上手いと言うべきなのか、俺の緊張は段々と解れていっている。


「娘とどうですか? うまくやれそうですか?」


「あー、っと、まあ、そうっすね。ぼちぼち」


「ふふ、問題ないようですね。あの子とは家族になりますが、もし優作さんがよければ貰ってくれてもいいのですよ?」


「……なに言ってんすか」


「ふふ、冗談です」


 お茶目なウインクをする深雪さんにしてやられる俺。


「……沙希が好きなのはイケメンの金持ちっすよ。ギャルっぽいし」


「ああ見えて女の子なのですよ? それより、名前で呼ぶようにしたのですね。進展有りですか?」


 嬉しそうに両手を軽く叩いた深雪さんはペースが読めなかった。何の進展だよ。


「……沙希から名前で呼べって言われたんで」


「へえ、あの沙希ちゃんが。男の子に名前で呼べって。へえ~」


「何なんすか。まじで」


「いいえ、知れて良かったです。そういえば、優作さん。話が変わりますけど、沙希のお仕事って分かりますか?」


「……vtuberのことですか?」


「ええ、そうです。わたし、あんまり詳しくなくて、どうなんでしょう?」


「vtuberはネットアイドルみたいなものですよ。沙希はツムギっていう名前で活動しているんですけど、最近はゲーム配信をメインにやってるっす」


「ゲーム配信ですか? 優作さんはお詳しいのですね」


「ええ、まあ。沙希は大会にも呼ばれてて、活躍すると思います。えーと、そもそもゲーム配信ってやつは、ゲームしながらファンの人たちとお喋りするみたいな……」


 ニコニコと俺を見てくる深雪さんに口を閉ざす。とてもやりにくい。


「ふーん。優作さんはツムギというvtuberは好きなのですね」


「……可愛いと思いますよ。世界で一番」


「世界で一番か~」


 嬉しそうに話す深雪さんに俺の調子が狂う。


 勝てない戦況は離脱するのが吉である。引き際を見極めなければゲームも現実も勝てない。


「……ご馳走さまでした」


「あ、食器はこちらで洗いますよ。貴重なお話を聞けて満足です。これからも沙希をよろしくお願いしますね」


「ええ、まあ」




「ただいまー! 優作、個人練しよ!」


 バタバタと帰ってきた沙希が俺の部屋に飛び込んでくる。


「……ノックはしてくれ」


 ゲーム中だった俺は手を止めることなく、後ろに寄ってきてる沙希の気配を感じた。


 カジュアルモードだからいつ辞めてもいいのだが、味方二人に迷惑が掛かってしまうため続行する。


「……やっぱり、上手いなぁ。カナデ先輩から聞いたんだけどさ。レジェ帯ってヤバいやつなんでしょ」


「何が?」


 ヘッドセットを少しだけずらし、沙希へ言葉を返す。椅子に重みを感じた。


 沙希が寄りかかってきたのだろう。


「プロゲーマーしか居ないランク帯って言ってたよ。ゲームで食べてる人かニートしかなれないってのもスズちゃんが言ってた」


「中には普通の社会人も居るんじゃないか? 固定パーティーなら行けそうだけどな」


「でも、優作は一人でやってるんでしょ?」


「まあ、ボッチだし」


「なんかヤバいね」


 どういう意味のヤバいなのか疑問だが、俺はモニターに映る自キャラが近距離戦になったことで意識を集中した。


 息を止め、ゲームの世界に身を投じる。


 味方の足音から位置を割り出し、マップで進行している方角を把握する。敵の足音を聞き分け、最適な位置を見出だした。


 必ず味方のカバーが入る範囲でぴったりと寄り添い、同じタイミングで突撃。


 俺は自慢になるが、エイムの精度とキャラコンの引き出しは特出している思っている。相手がプロゲーマーだろうと一対一の対面なら負けない。


 以前、有名なプロゲーマー三人をたまたま引き殺したら、チーターに疑われて運営に報告された。掲示板には闇堕ちチーター表に現在も晒されているぐらいだ。


 全弾敵に与えるのは当然として、ヘッショも六割は確実に入れる。 


 稀にマッチングする外国人だけが俺を褒めてくる現状だ。ゲームを楽しむためにやってるし、承認欲求のためじゃないからいいんだけどさ。


 一位を確信し、キルポはマックスなので味方二人に削りきった最後の敵を任せ、自キャラを放置して俺は後ろを振り向く。


 椅子ごと勢いよく振り向いたのだが、後ろに居た沙希は全体重を預けていたのか俺の胸に落ちてきた。両腕を組んで顎を乗せていたらしい。


「え」


「ぁ」


 金髪が視界を舞い、俺が動転していると鼻先数ミリに沙希の顔があった。目が近い。


 吐息がかかる。良い匂いが鼻を刺激した。


「や、ちょ、急に……!」


「いや、なんかごめん」


 慌てて後ろに下がった沙希はバランスを崩す。


「ぁ……ああ! っ~!」


 派手に後ろに倒れた沙希が頭を抱えている。


 変な体勢でコケていて、制服のスカートからパンツが丸見えだ。


「あー、大丈夫か?」


 目をキョドらせながら、手を差し伸べようとしてみる。


 しかし、沙希が俺の視線に気付き、スカートの裾を押さえた。


「あ、あ、あ! み、見ないでよ……! 変態!」


「……不可抗力だろ。あの場合は誰でも見るぞ。純白リボンのパンツで、特におかしなものでもないし平気だろ」


「~~~ッ! 死ねっ!」


 顔を真っ赤にした沙希が走って部屋から出ていった。


「騒がしいやつだな。ったく、招待でも送っとこ」





 数分後、俺が送った招待メールからやってきた沙希は無口キャラに転向したようだった。現実でのキャラ変更なんて誰得なんだろうか。


「おーい、やってくぞー?」


「……」


 沙希へ呼んでも返事はない。俺のマイクは反応しているし、どうやら沙希のマイクが調子悪いのかもしれない。


「マイク壊れてんのかー? 替えのやつ貸そうか?」


「……壊れてないし。バカ」


「お、やっと喋った。で、なんで怒ってんだ?」


「……有り得ないんだけど。なんでそんな平気なの。わたしの下着を見といて、平然としてるとか頭おかしいんだけど」


「蒸し返すなよ……」


「何とも思わないわけ?」


「ごめんって。だけど、あれは仕方ないだろ。お前がコケて頭打ってんだから」


「……違うし。そうじゃなくてさ。わたしって女として見られてないの……?」


「は?」


 沙希は何を言ってるんだ。


「……わたしだけじゃん。優作がまともに喋れる女の子って」


 お、おう。なんか酷いことを言われた気がする。その通りなんだけど。


「……そうかもしれない」


「他の女の子にはガチガチに固まるじゃん。わたしは最初から話せてたよね。どうして……?」


「……そうだったっけ」


 最初はそんなことなかったような気がする。俺は陽キャが嫌いだ。今でもそうである。分かりきれない相手だ。知ろうともしていない。


 だから、初めから喧嘩腰だった。


「そうだよ。すっごくキツい言葉だったけど、わたしとは普通に話してた。わたしってそんなに魅力ない?」


「……そういうわけじゃないだろ」


 ツムギを語っている糞野郎だと思って、暴言を浴びせていたのだ。普通に話していたわけではない。


「……優作はわたしのこと、どう思う?」


「どうって……」


 俺は何の詰問をされているんだろう。


 正解の台詞が分からない。沙希は可愛いが、ギャルだ。俺と住む世界がまるで違う。


 こういうときの対処法はネットで調べれば出てくるのか。手早くスマホで調べてみた。


 なるほど、鈍感系主人公が最適と書いてある。本当かよ。


 真似したらこの場を気に抜けられそうだが、問題を先送りにしてるだけのような気がする。


 他のやつはないかとスマホをスクロールしているが、沙希の発言に手が止まってしまった。


「わたしが告白したら付き合ってくれる?」


 これはあれだな。罰ゲームでそういうのを言わされてるやつだ。リア充達のみが許されている悪魔の所業だ。


 誰だよ、これ最初に考えたやつ。


 勘弁してくれ。被害に合ったほうは一生もんのトラウマになるんだぞ。ここで了承したら馬鹿にされて終わるという最悪なパターンまで読める。


 すまんな、俺は引っ掛からん。


「ないだろ」


「……そっかぁ。残念。ごめんね、変な雰囲気にさせちゃって」


「悪ふざけはやめてくれ。で、誰と罰ゲームしたんだ?」


「罰ゲーム?」


「……罰ゲームしたんじゃないのか?」


「違うし」


「え……って、ことは」


「切り替えて練習しよ。さ、やってくぞー!」


 いきなり沙希が大声で叫ぶ。誤魔化すように張り上げた声に、俺の心臓が跳ねる。


 ……いやいや、そんな馬鹿な。


 好感度を上げたフラグなんて一つも立っていない。俺のフラググレネードは必ず爆発するし、冗談に決まっている。


「……ああ、やるか」


 喉に小骨が引っ掛かったような気持ちになるが、沙希は俺をからかいたかっただけなはず。そうに違いない。


 こんな心を乱すようなことをしやがって……クソビッチって呼ぶぞ。


「まずはエイム練習だよねっ。訓練所へゴー!」


 恥ずかしさを紛らすような大きな声に引っ張られ、俺も意識を切り替えていく。

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