第28話 エピローグ

唯依が職場の飲み会に参加するというその日、久々に私はゆかりのバーに来ていた。


お目付役もいるから心配しないでと唯依には事前申告済みなので、仕事が終わった後に真っ直ぐに足を向けた。


「ナナ久しぶりじゃない」


「うん、久しぶり~」


元々私はお酒が好きということもあって、唯依とつき合い始めるまでは週二のペースでバーには来ていた。その中で常連同士は顔を覚えるし、一対一じゃなくて何人かで飲むこともよくあった。


その内の一人に声を掛けられて、軽く挨拶だけをする。

年齢は私と同じくらいで、今まではよく情報交換をした仲だった。


「最近来てなかったってことは恋人できたの?」


私の隣に勝手に座って、彼女は食い気味にそう聞いてくる。


まあ、出会いを求めに来てるような場所だから、来なくなったということは、そう思われるのは当然だろう。


「うん。今、一緒に住んでる」


「もうそこまで行っちゃってるの!? でも、この店でナナの好みに合うような30代って見ないから、他で知り合った?」


私が年上好みなのはバーでは有名で、会話をしたことがない子まで知っていることがあった。


「向こうもここの常連だよ。だった、かな。最近は二人で家飲みが多いから」


「常連!? 誰!?」


幾人かの常連の顔を浮かべてるのだろう、それでも思い当たるものはなかったと目で訴えてくる。


まあ、当然か。


「唯依だよ」


「ユイ!? ユイってあのユイよね?」


「そう」


「ナナどうしたの? 頭でも打った?」


このバーでユイの評価は二分されている。


ユイの外見に魅了されている存在は積極的に声を掛けたがるし、そうでない存在は目当ての相手をかっ攫う敵と見なすので煙たがられていることが多かった。


「大丈夫。大丈夫。今は唯依と大分わかり合えるようになったから」


「でも、ユイはナナの好みじゃないでしょう?」


「そうだね」


私は今まで自分の好み以外とはつき合わないという姿勢を貫いてきたことを知っているからの言葉だった。


「好みじゃなくてもいけるなら、もっと真面目に口説いたのに」


思わぬ言葉にから笑いを零す。


狙われてたなんて意外だったけど、まあ狭い世界なのでそんなものなのかもしれない。


「殴り合うところから始めないと多分無理だよ。殺るか殺られるか、みたい感じだったしね」


「それで、どうやればつき合うになるかわからないんだけど」


「うん。そうだと思う。多分こんな恋は一生に一度しかできないんじゃないかな。無茶苦茶だったけど、離れられなくなっただから」


「……でれでれじゃない、ナナ」


「らしくないよね。でも、今はこれが運命だったのかなって思ってるんだ」


呆れ気味にまたね、と彼女は去って行って、それから先は一人でカウンターで酒を呑みながら、時々久々に会う常連と話をして時間を過ごした。


流石にそろそろ帰ろうかと思い始めた頃、隣に座った存在に頬を緩める。


「お疲れ」


「もう、いつまで飲んでるの」


「だって、帰っても一人だから」


「それって、わたしが帰っても七海がいないってことじゃない」


「そうだね。だからこっちに来たの?」


「うん。一緒に帰ろうと思って」


「じゃあ、もう一杯だけ。一緒に飲もう?」


頷いた唯依は好みの酒をゆかりにオーダーする。


「唯依が来るまで七海はひっきりなしに声を掛けられてたよ」


唯依のテーブルにカクテルを運びながら、ゆかりが唯依に報告する。相変わらずゆかりは唯依には甘い。


「ゆかり、そういう唯依が拗ねるようなこと言わないで。単に久々だったから挨拶しただけ」


「ほんとに?」


「唯依とつき合ってるってちゃんと伝えたよ」


それに唯依は満足げに頷く。


その様が可愛いななんて思うのは酔いが回ってきたせいだろうか。


「七海はわたしのなんだからね」


「誰も盗らないよ。それに唯依の方がもてるじゃない」


「わたしは七海以外興味ないからいいの」


「はいはい。でも、たまにここに来るのはいいね」


唯依が物言いたげに私を見て、変な勘違いをしていることに気づく。


「二人でってことだよ」


「七海が飲みたいから?」


「そうじゃなくて、今までってお世辞にも綺麗な思い出ってわけじゃないけど、ここが唯依と私が出会って、つきあい始めるきっかけになった場所でしょう? 家にいると日常が優先されるから、たまには二人でここで飲んで、初心に返るみたいなことをしてもいいんじゃないかなって思って。ずっと一緒にいるんでしょう?」


頷いた唯依は私に抱きついてきて、そのまま唇を奪われる。


「大好き。ずっと、ずっと一緒だから、もう離さないから」


「知ってる」


キスを返すとまた唯依からのキスが返ってくる。


そういうことは家でしなさい、とゆかりに呆れられて、私たちは会計を済ませて店の外に出る。


「帰ろう、唯依」


唯依に手を差し出すと、頷いた唯依の手が重ねられて、そのまま並んで家への道を辿り始める。


緩く握った掌から伝わる熱は仄かで、私の心に灯った熾火のようだった。この火を消さないように、私はこれから先、唯依と歩いて行く。


一人ではなく、二人の道を唯依と歩むことにもう迷いはなかった。



end


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最後までお読みいただき有り難うございます。

少しだけ番外編が続きます。

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