第26話 愛しさ

唯依を家に送り届けて、私は再びゆかりの運転する車に乗り込んでいた。


「ゆかり、帰り道どこかの駅前で降ろしてくれない? ビジネスホテルのありそうなところならどこでもいいから」


「うちに泊まったらいいわよ。七海ちゃん」


そう言い出したのは瑛梨さんで、すっかりいつもの調子に戻っていることが分かる。


「ほんとに、ゆかりが褒めるだけあって、七海ちゃんって格好良いわよね」


「何のことですか?」


見た目は平凡だと思っているので、格好いいと言われても何のことを指しているかがすぐに浮かばない。


「七海ちゃんのいいところは、唯依を甘やかしすぎないところなのよね。でもそれってなかなかできることじゃないでしょう?」


「私はただ甘やかしきれないだけですよ。そんなに懐も広くないので、唯依には考えるべきところは、ちゃんと考えて貰いたいなって思ってるだけです」


「それをバランス良く両立させるってなかなか難しいのよ。唯依を唯一褒めるとすれば、七海ちゃんを選んだってことかな。手が掛かる子だけど、お願いね」


「……唯依がいつまで私にくっついてくるかは分からないんじゃないんですか?」


これからきっと唯依は変わるだろうという予感が私にはある。


「そう? あの子はもう七海ちゃんにしか自分を見せられないと思うけど、ゆかりはどう思う?」


「駄目でしょうね。覚悟を決めたら? 七海」


「何の覚悟!?」


「唯依に一生つき合うって覚悟じゃない?」


「放っておけないとは思ってるけど、まだつきあい初めて半年も経ってないんだけど……」


「唯依の体は物足りない? もっと頑張らせようかしら」


瑛梨さんならあっさり唯依に指示して、唯依がはりきりすぎることが目に見えてしまったので、慌てて辞退する。この母娘は性にだけオープンなのは似ていて、うっかりは危険だった。


「今で十分です。唯依と体の相性はいいので、そっちは心配してないです。ただ、唯依の相手を求める行為は、足りない親の愛情を求める代替行為じゃないんでしょうか? 今回の件で少しはそれが落ち着くんじゃないかと思っています」


「七海ちゃんはそう思ってるんだ。それはワタシたちが口出しすることじゃないわね。唯依とゆっくり話しあって」


瑛梨さんのこうやって自分で考えなさいという態度が、唯依は見放されていると思ってしまったのだろうか。


でも瑛梨さんは関わらないスタンスを見せながらも、必要なら関わって来る人だと今回の件で知った。


もしかして、瑛梨さんが私に関わって来たのも初めからそのつもりだったりする?


「瑛梨さんは唯依にどうなって欲しいんですか?」


「それは愚問よ、七海ちゃん。親が子に願うことなんて、幸せになって欲しい。それだけよ。ワタシもゆかりもね」



駄目だ。瑛梨さんって格好いい。


唯依と瑛梨さんと、ゆかり。


唯依が親のことを気にせずに自分で幸せを求めることもできるけど、唯依には唯依を心配してくれる親が二人もいるのだから、その三人を私は繋ぎたい。


唯依のために。



「それで、七海ちゃん。今晩はワタシたちのベッドで3人で仲良くするのと、唯依のベッドで独り寝とどっちがいいかしら? お勧めは前者よ」


後部座席に一人で座る私を覗き込んで、上機嫌な声で瑛梨さんが聞いてくる。


さっきまでのいい話が台無しだけど、それがまた瑛梨さんらしい。


「唯依も入れないと拗ねますよ」


「唯依には内緒にすればいいじゃない。ゆかりを好きに使っていいわよ」


「私は一応唯依の彼女ですから遠慮しておきます」


「もうチャンスないんだ、残念。ゆかりと二人で七海ちゃんを可愛がりたかったのに」


「唯依に刺される覚悟ができてからにしてください」


「ゆかり、やってみる?」


瑛梨さんのチャレンジャーな姿勢に運転中のゆかりは横目で瑛梨さんを見て溜息を吐く。


「そんなことしたらもう二度と唯依は口を聞いてくれなくなるわよ。瑛梨もワタシも」

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