エイフィアが我が家に来た時
~回想~
───これは、二年前の話だ。
「えっ!? 君、住む場所ないの!?」
僕は今日、行き倒れていたエルフを助けた。
軽い料理を出して、コーヒーを飲ませてあげた……のはいいんだけど、ボロボロと泣き始めちゃったんだ。
流石の僕でも焦りました。女の子を泣かせてしまったのは初めてだったから。
それで、さっきようやく泣き止んでくれたんだけど———
「う、うん……お金なくて」
どうやら、寝床もないことが判明しました。
恥ずかしそうに頬を染める少女。
確かに、行き倒れていたぐらいだからお金を持っていないというのは容易に想像できる。
しかし、食べ物に困るのと寝床に困るのは大きな差がある。
食べ物は誰かから恵んでもらえるかもしれないけど、寝床を提供してくれ……っていうお願いは、安易に頷く人はそういない。
サバイバル経験がなく、異世界の知識がまったくない僕は野営の恐ろしさを詳しくは把握していないけど、女の子一人でっていうのはいかがなものだろうか?
「大丈夫なの、女の子一人で?」
「一応、大丈夫だよ。私、今まで一人で野営とかして旅をしてきたから」
なら、安心……なのかな?
僕はそれを聞いてホッと胸を撫で下ろ───
(い、いやいやいやいや! いくら慣れているからって、危ないことには変わりないじゃないか!)
こんなに可愛い女の子を見れば、持て余す欲望を携えた危ない男に襲われるかもしれない。
一人で生きて来たっていうことは、それなりに腕っぷしもあるんだろうけど、それとこれは話が別。
流石に、聞いてしまったからには放っておけやしない。
「君、名前は!?」
「エ、エイフィアだけど……」
「僕はタクト! よろしく―――っていうことで、ついてくるんだ!」
僕はエプロンを脱ぎ捨てて、奥の扉へと少女———エイフィアを促す。
「え、えっ? どこ行くの!?」
「いいから、早く行こう! 行先は、僕の家だ!」
「どうして!? も、もしかしてやっぱり私を―――」
「今から家に住まわせてもらえるように交渉するから!」
「あ、そっちかぁ……って、そっち!?」
エイフィアは何故か驚いたような顔をした。
戸惑っているようで、僕が手招きしても一向に来る気配がない。
だから僕はエイフィアの近くまでいって、その華奢な手を掴んだ。
「善は急げだ! 大丈夫、土下座でもすれば魔女さんも許可してくれるはずさ!」
「待って、私が言いたいのはそこじゃなくて、そこじゃないんだよ!」
何を言っているかよく分からなかったけど、僕はとりあえずエイフィアの手を取って店の奥の扉を開け放った。
♦♦♦
そして———
「お願いしますっ! この子を一緒に住まわせる許可をください!」
僕は土下座をした。
「なんじゃ……いきなりやって来たかと思えば、そんなこと言いだしおって」
目の前には、リビングのソファーで寛いでいる魔女さん。
今日はどうやらお仕事やお休みみたいで、優雅な休日を満喫していたみたいだ。
「実は……かくかくしかじかなんだ」
「かくかくしかじかと言われても分かるわけなかろうに」
おかしいな……アニメや漫画だと、これでさっきまでの出来事を要所要所で伝えることができるはずなのに。
「あ、あのね、タクトくん……気持ちは嬉しいけど、流石にそこまでは。ご飯を食べさせてもらっただけでも嬉しいのに―――」
「流石に女の子一人で野宿、もしくは野営は見過ごせないっ! 君は可愛いんだから、もっと自分を大切にするべきだ!」
「か、かわっ!?」
横にいるエイフィアの顔が真っ赤に染まる。
正直、どうしてこのタイミングで真っ赤にするのかはよく分からないけど———今はそこを深く追求している場合じゃない。
「……大体の事情はなんとなく分かったわい」
僕達のちょっとしたやり取りで状況を把握してくれた魔女さん。
流石です、一生尊敬しています。
「じゃが、いきなり赤の他人を住まわせるというのも考えものじゃと思うが?」
「そこをなんとかっ!」
「と言われてものぉ……」
魔女さんは難色を示す。
それも当然だ。誰だって、いきなり赤の他人を住まわせてほしいと言われても、戸惑うだけ。
魔女さんの反応はごもっとも―――だけど、それで引くわけにはいかない。
「責任は全部僕が取るから! なんだったら、この子の世話は僕がやるよ!」
「お世話されるほど、私は子供じゃないよ!? 私、百歳超えてるんだよ!」
「…………」
「……あの、「百歳超えてるのに行き倒れてたの?」って言いたげな目はやめてほしいんだよ。分かってるから」
いけない、そんな目をしてしまったとは。
僕の目にも困ったものだ。
「でも、魔女さん……本当に、この子を住まわせてあげることはできないかな?」
僕は話を戻し、真剣な目で魔女さんに問いかける。
「まぁ、できんことはないのぉ。部屋は余っておらんが、リビングでもタクトの部屋ででも寝れば大丈夫じゃろうし、金も今は困ってはおらん」
「だったら―――」
「じゃが、お前さんがそこまでしてやる義理はないじゃろう? 妾は構わんけどの」
義理? 確かに、義理なんてものはない。
けど―――
「この子に、安心できるような拠り所を作ってあげたいんだ」
「ッ!?」
僕の言葉に、横で息を飲む音が聞えた。
それでも、僕は言葉を続ける。
「誰のためじゃない、エイフィアのために。今日知り合って、赤の他人ではあるけど……僕はこの子を助けてあげたい。心から幸せだって思えるような場所を、作ってあげたい。一人で外で暮らすなんて、危険だろうし安心できるはずがない。魔女さんには迷惑かけちゃうけど、それでも僕は———」
目の前で寂しそうにしている女の子を、助けてあげたいと思ってしまった。
それは僕が転生して、一人ぼっちになってしまって……どこか姿が重なってしまったからなのかは、正直分からない。
それでも思ってしまったものは間違いないんだ。
だから……エイフィアの拠り所を、作ってあげたい。
「タクトくん……」
そんな呟きを聞きながら、僕は魔女さんの言葉を待つ。
そして———
「はぁ……いい子に育ってくれたのは嬉しいが、ここまで来るといつか騙されないか心配じゃのぉ」
「魔女さん……」
「エイフィアよ、タクトが悪い女に騙されんよう見張っておれ―――それが、この家で住まわせてやる条件じゃ」
「魔女さんっ!」
その言葉を聞いて、僕は思わず立ち上がってしまった。
だって、その言葉は僕のお願いを聞いてくれるっていう意味にしか聞こえなかったから。
「い、いいんですか……?」
「別に構わんよ。妾も困っとる奴を放っておける性分ではないしの。まぁ、あとで詳しい事情は聞かせてもらうが」
「ありがとうございますっ!」
エイフィアは思い切り頭を下げる。
その姿を見た魔女さんは小さく笑うと、そのまま立ち上がってリビングを出ていってしまった。
そして、リビングに残るのは僕とエイフィア。
だからか分からないけど、僕は思わずエイフィアにサムズアップしてしまった。
「よかったね、エイフィア!」
「うん……嬉しい。まさか、住まわせてもらえるとは思ってなかったから……」
エイフィアはどこか呆けた様子で僕を見つめてきた。
あまりの嬉しさに固まってしまったのだろうか? それはちょっとよく分からない。
けど、そんなエイフィアを見て、ふと我に返ってしまう。
「あ、今更聞くことでもないんだけど……エイフィアはこの家で暮らすのは別にいいの? なんか一人で勝手に突っ走っちゃった感があるから」
「ううん、それは全然。本当に住まわせてもらえるのは嬉しいから」
でも、と。
「本当にいいの……? 私、タクトくんに何もしてないよ?」
不思議そうに、エイフィアは僕を見据える。
確かに、今日初めて会った男にご飯を食べさせてもらって、住む場所まで提供されてしまえば疑問に思うのも仕方ない。
けど、そんなのは言わなくても決まっている。
「困っている女の子がいたら助ける! だから!」
「そ、それだけ……?」
「あとは、さっきも言った通り拠り所を作ってあげたいとかそういう理由もあるけど……納得できないなら、僕の淹れたコーヒーを飲んでくれたから───それで納得してほしいかな」
「ッ!?」
僕がそう言うと、エイフィアは驚いたように目を見開いた。
そして、ゆっくりと目尻に涙が浮かび上がる。
「今日は泣いてばっかだね、エイフィア」
「だ、だって……タクトくんが優しいから」
「そうかな?」
「そうだよ……ッ!」
───これが、僕とエイフィア始まり。
一人のエルフと、一緒に暮らし始めた馴れ初めだ。
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