いつも通りと公爵令嬢
背骨に過大な影響を及ぼしたその日も、僕が働く『異世界喫茶』は通常通りの営業だ。
異世界に転生した僕がどうしてもコーヒーが作りたくて開いたお店。
少し前までは閑古鳥が鳴くほど人はいなかったけど、今は少しずつお客さんが増えてくれるようになった。
「───っていうことが朝にあったんだよ」
二組ぐらいのお客さんからの注文がないので、時間が空いた僕は朝にあった出来事を話した。
目の前に座るのは腰まで伸ばしたミスリルのような銀髪を携えた女の子。
お人形さんみたいな端麗で、あどけなさの残る顔立ちに、お淑やかな雰囲気は天使を連想させる。
彼女は公爵家の令嬢で、立場及び容姿及び性格及び優秀なおかげで各種方面からモテモテなんだとか。羨ましい。じぇら嫉妬。
そのおかげで、つい先日色々あったことは記憶に新しい。
そんな少女は───
「(ぷくーっ)」
……何故か僕の話を聞いて頬を膨らませていた。
「どうしたの、ハリセンボンみたいにほっぺ膨らましちゃって」
「はりせんぼん? というのは分かりませんが、ちょっとだけ不機嫌になったからです」
少女───レイシアちゃんはそう言うともう一度頬を膨らませる。
不機嫌アピールなのは分かるけど、可愛い子が頬を膨らませたところで可愛いしかないのでいまいち萎縮できない。
「不機嫌になる要素がなかったような……あ、愚痴を吐いちゃったから?」
人様の家の愚痴を吐かれても「え? それで? なんでそんな話をしたの?」って感じで気分が悪くなる。
レイシアちゃんにとっては、エイフィアの寝相が悪くて抱き着かれたり、抱き締められて背骨に甚大な被害が及んだから困っているって話を聞いても、確かに面白くはないだろう。
「違います。そ、その……羨ましいな、と」
背骨に被害が及ぶことが「羨ましい」と言える辺り、もしかしたら彼女はMの気質でもあるのかもしれない。
「レイシアちゃん、それは流石にやめておいた方がいいよ……」
「えっ? も、もしかして……タクトさんは私と一緒に寝るのが───」
「いくらなんでも、背骨は死に直結するから」
「あ、はい……また誤解されているんですね」
知ってましたもん、と。
可愛らしく唇を尖らせると、レイシアちゃんはいつものブレンドを口にした。
(よく分からないけど、とりあえずまた不機嫌になってしまったみたいだ……)
レイシアちゃんは『異世界喫茶』の常連さん……それと、僕にとって大事な人だ。
こうして学園終わりにわざわざ来てくれているのに、不機嫌なままでは楽しくはないだろう。
(ここは明るい話に変えなければ……ッ!)
そう思いつつも、僕の会話の引き出しにはこれといった明るい話のストックはないわけで……うぅん、悩ましい。
僕のコミュニケーション能力の低さが恨めしくなっちゃうよ。
(そうだっ! アレがあるじゃないか!)
僕はふと思い出すと、ダッシュで店を跨いでいつも住んでいる家に駆け込んだ。
そして、キッチンから朝方に作っておいたものを手に取り、再びお店のカウンターへと戻る。
「どこ行かれてたんですか、タクトさん? 急いでいたみたいですけど……」
「ふふふ……レイシアちゃんに食べてもらいたくて作っておいたものを今思い出してね」
僕は持ってきたものをレイシアちゃんの前に出す。
出したのは、皿に乗ったスコーン。メニューに新しいものを加えたいと考え、滅多に手に入らない材料が手に入った結果行き着いたものだ。
「砂糖は高いから不使用! はちみつと家にあるイチゴジャムをふんだんに使用した新商品! スコーンなら、恐らくきっと多分この世界でも知られているはず! だから大丈夫!」
はちみつは魔女さんが知り合いからもらってきたらしいので、ありがたくちょうだいさせてもらった。
ジャムなんかは家にあった有り合わせだけど、他の材料はわざわざ買い出しに行って頑張りました。
「砂糖入らずの商品だから、材料費も安い! それでいてジャムとはちみつの甘さがコーヒーやカフェオレにピッタリなお菓子になる! これなら、新商品としては十分なはずだよ!」
「ちなみに、はちみつはどうやって手に入れたのですか?」
「魔女さんがもらってきた!」
「それがなくなった場合はどうするのですか? はちみつは中々手に入りませんよね……?」
……。
…………。
………………。
「しぃまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
はちみつが手に入ったから浮かれていた。
滅多に手に入らないなら、そもそも材料がなくなった瞬間にメニューから消さなくてはならない。
もし人気にでもなってしまったら、完全に首が絞まってしまう。
「ぐっ……こうなったら、はちみつの代用案を新しく考えないと……ッ!」
レイシアちゃん当たり前な指摘によって新商品ではなくなってしまったスコーン。
人様の前に出すまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
「あの、結局このスコーンは───」
「あ、食べていいよ。元より、レイシアちゃんに食べてほしかったから作ったものだし」
カフェオレの時もそうだけど、新商品を作ったら意見がほしいからね。
他のお客さんはお願いできるような間柄じゃないし、レイシアちゃんにしか頼めないから食べてもらおうと作ったんだ。
「そ、そうですか……」
レイシアちゃんは何故か頬を赤らめた。
恥ずかしい話をしたはずはないんだけど、どうしてそんな反応をするのか甚だ疑問だ。
僕が疑問に思っていると、レイシアちゃんはスコーンを一口頬張った。
そして───
「美味しいです、タクトさん」
「そっか……ならよかったよ」
レイシアちゃんは、小さく笑みを浮かべてそう言ってくれた。
確かに、新商品としてはダメだけど……レイシアちゃんに喜んでもらえたのなら、不思議と「それでいっか」って思ってしまう。
(ほんと、なんでレイシアちゃんだけにはそう思っちゃうんだろうね……?)
他のお客さんだったら、こんなにも嬉しいなんて思わないのに。
それも疑問で、僕はレイシアちゃんから目が離せなかった。
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