やりたいことは、すればいい
ひんやりとした感触。
掃除をし終わり、綺麗になった固い床が僕の足首を刺激する。
足は痺れの前兆を見せ始め、行く行く先に訪れる僕の未来を示していた。
―――どうして、僕は正座をしているんだろう?
「むふっー!」
目の前では、僕を見下ろしながら鼻息を鳴らすエイフィア。
腕を組んで何やら言いたげな様子を見せているけど、正直可愛いしかない。
「何も、正座させなくてもよかろうに」
滅多に店に来ない魔女さんが、カウンターに座りながらお水を飲む。
擁護しているようで、まったく行動に起こさない辺り擁護する気はないのだろう。
「ダメだよ、シダさん! タクトくんは正座しないと絶対に言わないんだから!」
僕が何を言わないというのだろうか?
もしかして、仕事中に「サボりたがりのお菓子食べたがり」と勘違いした件の謝罪を言わないと言っているのだろうか?
おかしいな……僕は謝罪する気だったのに。
「さぁ、タクトくん! ちゃんと言いなさい!」
「ごめんなさい」
「流れるような土下座じゃな」
正座を始めからしていた分、土下座の完成形までのモーションは頭を下げるだけだからね。
「ふぇっ? どうして頭を下げてるの?」
エイフィアが不思議そうに首を傾げる。
「え? だって、昼間の勘違いの謝罪を求めてたんじゃないの?」
「それは謝って」
「すみませんでした」
二回謝らされた。
どうしてだろう? そんなに怒っていたのかな?
「じゃ、じゃなくてっ! 私が言ってほしいのは、最近悩んでいるみたいだからどうしてか教えてって言ってるの!」
そう言われて、思わずドキッとしてしまう。
やましいことじゃないけど、気づかれたという事実を突き付けられたから。
「……そんなに顔に出てた?」
「そうじゃな、家でもボーっとすることが多かったしの。エイフィアの話じゃと、仕事中も同じような感じらしいのぉ」
「私に「サボりたがりのお菓子食べたがり」っていう勘違いしたのがいい証拠だよ!」
どうやら、僕はエイフィアだけじゃなくて魔女さんにまで気づかれていたみたいだ。
だからこそ、聞き出すためにお店のど真ん中で逃げられないよう正座をさせられているんだろう。
……正座させなくても、逃げたりしないのに。
「ちなみに、レイシアちゃんのことだろーなっていうのは分かってるからね?」
「それと、きっかけは外出した日というのも分かっておる」
「それって全部じゃん」
そこまで気づいているんだったら、話すことなんてないと思うんだけど……。
「私達が知りたいのは、タクトくんとレイシアちゃんにに何があったのかっていうこと!」
「それと、タクトが何に悩んでいるのかっていうことじゃな」
二人の眼差しが向けられる。
それは「今日こそ言わせる」という強い意志が込められているような気がした。
(何があった、かぁ……)
僕はレイシアちゃんと最後に出会った日のことを思い出す。
一緒にお店に行って、庭園に行って、魔法を見せてもらって……最後にこのお店に来た。
楽しかった。魔法を見せてもらったからっていうのもあるけど、レイシアちゃんと過ごす時間は本当に楽しかったんだ。
レイシアちゃんも、横にいる時は楽しそうに見えた。
だけど―――
「何があったかなんて、僕が聞きたいぐらいだよ……」
どうしていきなり、お別れの挨拶なんてことを言い出したのか?
どうしていきなり、お店に顔を出さなくなったのか?
話は聞けてない、何があったか分からない。
もし、僕が悩んでるんだとしたら……本当にそのことだ。
「タクトが悩んでおるのは「何があったのか分からない」ということかの?」
僕の顔を見ただけで、魔女さんが悩みを言い当ててくる。
……本当に、魔女さんは凄いなぁ。
「……うん、正直に言えばそう」
僕は正座を崩して体育座りをした。
顔を上げているのがなんか辛くなっちゃって、膝に顔を埋めてしまう。
「何があったのか、本当に分からないんだよ。どうしてあんなことを言ってきたのか、どうしてこのお店に来てくれなくなっちゃったのか……もう、わけが分かんなくて」
考えれば考えるほど、気持ちが沈んでしまう。
納得のできる理由も教えてもらってないし、しっかりとした別れをしたわけじゃない。
その段階にすら、僕は行けなかった。
だからこそ、僕は悩んでしまっているのだろう。
答えはどうしたって見つからないけど、心が納得できないから。
「ねぇ、どうしてタクトくんはレイシアちゃんに聞きに行かないの? 分からないなら、聞いてみればいいじゃん!」
「無理だよ……僕とレイシアちゃんは『お客さんと店員』の関係なんだからさ」
初めて出会った時は、僕が尋ねてレイシアちゃんが答えてくれた。
でも、今回は違う―――レイシアちゃんは話してくれなくて、僕は尋ねることができなかった。
所詮、僕達は友人でもなければ家族でもない。
お客さんと店員っていう、どこにでも溢れているような関係なんだ。
わざわざ僕がレイシアちゃんのところに向かって足を踏むこむなんて「何様?」っていう感じだろう。
(僕だって、聞きに行けるものなら聞きに行きたいよ……)
願望と行動は相容れない。
行動を起こすためには何かしらの条件が必要となってきて、条件を満たさないことには行動が起こせない。
状況と、環境と、立場と、関係が……行動を起こすための条件になる。
なんの条件もない願望と、何かしらの条件が付き纏う行動は、完全に重なることはない。
(そうだよ、僕は———)
「このお馬鹿さんっ!!!」
パァァァァァァァァァン!!! と。
乾いた音が、店内に響き渡った。
「……え?」
それが『叩かれた』という行為によって引き起こされたというのを、僕は遅れて理解する。
頬に走る痛みが、それを教えてくれた。
「エイ、フィア……?」
「あーでもない、こーでもない……うじうじしすぎっ! 色々なことを並べて自分の行動を制限しないでよ!」
エイフィアが僕の顔を押さえて覗き込んでくる。
「立場? 関係? レイシアちゃんは貴族で、お客さんだから無理? ねぇ、どうしてそれだけで「諦めよう」に繋がるの? 聞きたいことを聞けずに終わらせようとするの?」
そう語るエイフィアの瞳は強く、熱かった。
怒っているようにも見えて、悲しんでいるようにも見えた。
僕は、色々な感情が入り混ざった瞳から目が離せない。
「行動すればいいじゃん! 諦めるのはそれからでもいいじゃん! 行動を起こしてもない人間が、状況だけで諦めるなんておかしいよ!」
「で、でも……それは綺麗事———」
「綺麗事で結構! 私は、綺麗事を並べてでも、タクトくんには悩んでほしくないの!」
どうして?
ねぇ、エイフィア―――
君は、どうしてそこまで言ってくれるの……?
「タクトくんには悩んでほしくない! 落ち込んでほしくない! 行動を起こすためには条件を満たさなくちゃいけないんだったら、私達が絶対に満たしてあげる! 相容れないなんかじゃない! 願望と行動は、絶対に相容れるものなんだよ!」
エイフィアはそこまで言うと、僕の背中をめいいっぱい叩いた。
激しい痛みが背中を走るけど、それ以上に……じんわりと、温かかった。
「責任なんていいんだよ……間違ったって、いいんだよ。タクトくんも子供で、レイシアちゃんも子供なんだから、絶対に間違える。だからしなくちゃいけないのは「自分がどうしたいか?」ってこと。責任っていうのは、全部大人に投げてしまえばいいんだよ―――ね、シダさん?」
「そうじゃな……エイフィアの言う通りじゃ。お前さんはまだ子供、いくらだって道を間違えたりするわい」
魔女さんは、飲んでいたグラスをカウンターに置く。
「お前さんがしたいことを言えばいい。それまでの過程は揃えてやるし、間違っとったら責任はちゃんと取ってやるわい。貴族? 妾には関係ないのぉ。公爵家を敵に回すことがあれば、この家を引き払って別の国に行ってもいいのぉ」
「別にこの国に留まる理由なんてないからね! あ、もちろん私も一緒だから!」
魔女さんとエイフィアが互いに笑い合う。
冗談を言っているように見えて、そんなことはない―――本心から、その言葉を言っている。
だから―――
「ははっ……もう、何それ」
僕は思わず笑ってしまった。
さっきまで落ち込んでいた気持ちが馬鹿らしく思えてくるぐらい、晴れ晴れとしたものに変わって。
我ながら単純で、甘えてばかりの……情けない子供だな。
そう思ってしまう。
「あの娘に会いに行くんじゃろ? だったら、一筆したためて妾が会わせてやるわい」
「じゃあ、私は———あれ? 私は何をすればいいの?」
「お前さんは、タクトがいない間の店番でもしとれ」
「了解っ!」
とんとん拍子に話が進んでいく。
何をしたいか、何をするつもりなのか、僕にはまったく聞かずに。
だけどそれは、全然間違っていなくて―――
「魔女さん、エイフィア……ありがとう」
僕は、二人に頭を下げた。
今のこと、これからのこと、そして……今までのこと全て。
―――おかげで、僕の気持ちは固まった。
「可愛いタクトのためじゃからの」
「これぐらい、お安い御用だよ!」
二人は僕に向かって、気持ちのいい笑みを向けてくれた。
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