お願いと下心

 レイシアちゃんからは「今度の休日であれば、このお店に来るつもりでしたので問題はありませんが……」と、許可をもらった。

 ただ「外出させてもらえるのですか……?」という心配もされてしまった。


 まぁ、確かに僕にとっては一番のネックが『外出許可』である。

 あの過保護な二人からどうやって外出許可をもらうか……この前はなんかすんなりもらうことができたけど、どうしてなのかいまいち分からないし、もう一度同じ手というのは難しいだろう。


 お店を休むことは大丈夫。

 客足が伸びている今、あまり休みにはしたくないけど───


(レイシアちゃんの気晴らしになってくれれば……)


 そう、今回は『レイシアちゃんの気晴らし』が目的だ。

 魔法は確かに見たいけど、まず先にレイシアちゃんが気を楽にできるよう息抜きをさせてあげたいっていうのがある。


 何も言ってくれないなら、どこか出かけて気晴らしをさせてあげたい。

 そしたら悩んでいる気持ちも少し軽くなるんじゃないか……レイシアちゃんには約束の履行って形で言わせてもらったけど、それはそういう理由を隠すための口実だ。


 今思うけど……レイシアちゃんにバレてないよね?

 結構食い気味に言っちゃったから、気づかれてないといいんだけど───


(き、気にするな僕! レイシアちゃんからはオーケーをもらったんだ!)


 僕はサラダをお皿に盛り付けながら内心で気合いを入れ直す。


(だからこそ、問題は……あの二人だ)


 僕は盛り付けたサラダを持ってリビングのテーブルへと並べていく。

 テーブルには他に丸焼きにしたカーデルっていうこの世界の鳥と、サラダ、スープにパンが並べられている。

 これが、今日の我が家の夕食だ。


「いつもすまんの、タクト」

「言ってくれたら、私も手伝ったのに……でもありがと、タクトくん♪」


 食卓を囲んでいるのは、エイフィアと魔女さん。


 基本的に、我が家では三人揃ってご飯を食べることになっている。

 料理は僕とエイフィアのかわりばんこ。家主は流石に作らせるわけにはいかないと、エイフィアとで決めたことだ。


「それにしても……今日はやけに豪勢じゃのぉ。妾の好物が珍しく並んどる」

「本当だよね、私の好物まであるよ!」


 二人が不思議に思いながらも、瞳を輝かせる。


 魔女さんはカーデルの丸焼きが好きで、エイフィアはサラダに入っているサラム草っていう、レタスに似た植物が好きだ。

 魔女さんのカーデルは分からないけど、エイフィアの好物はエルフのイメージにピッタリだった。


(ふっふっふ……いいぞ、反応はバッチリだ)


 僕は内心悪どい笑みを浮かべる。

 普段はあまり食卓に出さない好物……どうして僕は今日食卓に並べたのか?

 それは───


(少しでもいい気分になってもらって、外出許可をもらう……!)


 いい気分になれば、首も縦に振りやすくなる。

 直接的な賄賂だと怪しまれるかもしれないけど、間接的賄賂なら受け取って、お願いをすれば受け取ってしまった恩で断りづらくなるだろう。


 僕はそんな意図がバレないよう、二人にめいいっぱいの笑顔を浮かべた。


「今まで二人にはお世話になりっぱなしだからね。たまには二人の好物でも出してあげたいなって思ったんだよ!」

「怪しいね」

「怪しいのぉ」

「ソンナコトナイサー」


 ……どうしてすぐに怪しまれたんだろうか?

 僕はまだ一言二言しか喋っていないのに。


 しかし、焦ってしまいそうな気持ちをぐっと堪えて口を開いた。


「僕はね、毎日思ってた……魔女さんには僕を拾ってもらって、こうして生活させてもらっている。エイフィアは冒険者として働いたお金をこの家に納めてくれている。何もやってないのは僕だけ……それが、心苦しかったんだ」


 そして僕は二人の瞳を真っ直ぐ見つめながら、心に訴えかけるよう語りかけた。


「だから今日腕によりをかけて、いつの間にか食料庫にあった二人の好物で恩返しがしたかったんだ……ッ! 日頃の感謝を込めて! 二人共、いつもありがとうね!」

「嘘じゃな」

「ダウトだね」

「ソンナコトナイサー」


 もう僕の話術では、この二人に怪しまれないようにするのは難しいかもしれない。


(い、いやいやいや諦めるな相原拓斗! レイシアちゃんに気晴らしをさせてあげるためにも、ここで諦めるわけには……ッ!)


「んで、何が目的なんじゃ?」

「だから、日頃の恩返しを───」

「正直に言わんと、今日は妾と一緒にお風呂じゃ」

「外出許可がほしいんです」


 見た目が幼い少女の魔女さんとのお風呂脅迫に、思わず素直に答えてしまった。

 いや、だってさ……いくら年齢二百超えていたとしても、見た目ロリだよ? ここがジャパンだったら、野生のポリスメンが現れてお縄だよ。


 そうじゃなくても、育ての親とのお風呂は流石に恥ずかしいので勘弁願いたいところだ。


「また外出なの、タクトくん? この前もしたばっかりなんだから、ダメに決まってるじゃん! 私は心配なのです!」

「妾も心配じゃな……可愛いタクトに何かあっては、妾は発狂してしまうぞ」

「うぅ……やっぱりそうだよね」


 口に出してしまったから、もう『好物を使っていい気にさせよう作戦』は使えない。

 ダメと言われるのは分かりきってたし、今回ばかりは宣伝のような『仕方ない理由』も存在しないから、今までの経験上これ以上は説得することも不可能だろう。


(でも、今回ばかりは諦めたくない……!)


 だからここからは正直になるしかなかった。


「……レイシアちゃんが、なんか悩んでるみたいなんだ」

「ほう? アスタルテの娘が、かのぉ?」

「うん……思い詰めてるような感じがしてるんだけど、話したくないみたいで……どうすることもできなくて。だから、せめて気晴らしに一緒に出かけて紛らわせてあげたいなって思ったんだ」


 思っていたことを素直に話す。

 断られるかもしれないだろうと思いつつも、最後まで諦めきれなくて。

 同情心や正義感で揺さぶりたくはないけども、僕にはこうして素直になることしかできなかった。


「そっか……レイシアちゃん、なんかあったんだ」


 僕の話を聞いて、エイフィアが少し表情に陰りを見せる。

 そして───


「ねぇ、シダさん? 今回だけは、ダメかなぁ?」

「エイフィア!」

「レイシアちゃんとはお友達みたいな関係だから、私も心配しちゃうな。それに───」


 エイフィアは立ち上がり、僕の前まで寄る。

 すると、両手で優しく僕の頬を包んだ。


「タクトくんが、他人を助けてあげたいっていう優しさは……ちょっと邪魔したくないなぁ」


 私も助けてもらったから、と。

 エイフィアは小さく微笑んだ。


 その柔らかいエイフィアの表情はとても美しく、綺麗に僕の視界に映った。

 目が離せなくて、思わず魅入ってしまう。


「そうじゃのぉ……まぁ、そういうことなら今回は目を瞑るわい」

「ほんとっ!?」

「ただし、あまり遠くに行くなの? 門限もきっちり守るようにな」


 魔女さんは小さくため息を吐くと、カーデルの丸焼きに手を伸ばし始めた。


「あと、私からも! 何かあったら、迷わず冒険者ギルドに駆け込むこと! あそこなら誰かしらが絶対助けてくれるからね!」


 エイフィアも念を押すように僕に向かって指を立ててくる。

 過保護だなぁ……そう思ったりはしたけど、何よりも───


「ありがとう、魔女さん、エイフィア!」


 レイシアちゃんに気晴らしをさせてあげられることに、僕は嬉しく思った。




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