ボーッとしているレイシアちゃん
昨日はレイシアちゃんのお母さんが来るという突発イベントがあった。
初めは「レイシアちゃんが大人になっちゃった!?」って驚きこそしたものの、普通に色んなお話ができて楽しかった。
レイシアちゃんの子供の頃とか、レイシアちゃんが社交界っていう貴族の集まりの中でかなり評判がいいっていう話とか、色んな人に求婚や婚約話を持ちかけられているっていう羨ま話とか、習い事とか学園でのこととかの話を聞いた……んだけど、なんだかんだレイシアちゃんの話しか聞いていなかったような気がする。
まぁ、僕としてはレイシアちゃんの話が聞けてよかったんだけどね。
レイシアちゃんは僕にとってただのお客さんじゃないから。
恩人とか友人とか……そういう面で、その人の色々な話を聞けるのはその人の違う一面を見れたような気がして楽しい。
特に子供の頃の話とかは───いや、レイシアちゃんの名誉のためにもやめておこう。
……今思えば、こうして口にするのが憚られるほどの話を、よくイリヤさんはしてきたものだ。
結局、その日はレイシアちゃんは来なかったんだけど、今日はちゃんと来てくれた。
ただ───
「…………」
カウンター前の定位置に座りながら、ボーッと虚空を見つめているレイシアちゃん。
傍目から見れば美しい少女が誰かを待つ……周りにエフェクトとかがあれば、そんな一枚の絵になりそうなほど。
今日お店に来ているお客さんも、時折チラチラとレイシアちゃんの方を見たりしている。
……まぁ、それにかんしては今に始まったことじゃないんだけどね。
お客さんが足を運んでくれるようになってからはよく見る光景だ。
いつもなら「あまり他のお客さんを見ないでいただけると……」って言うんだけど───
(本当にどうしたんだろ、レイシアちゃん……?)
僕もレイシアちゃんをチラチラと見てしまっていた。
下心がないって言われたら嘘だけど、どちらかというと「心配」っていう意味で。
(話を聞いてあげたいんだけど───)
『すみませーん!』
「はい、少々お待ちください!」
僕はお客さんに呼ばれてテーブルへと向かう。
こういう時に限って、少しお客さんが多い。
いや、いいことではあるんだけど……今は腰を据えてゆっくりレイシアちゃんの話を聞いてあげたい。
エイフィアも今日は冒険者ギルドの方に顔を出してるから一人で回さなきゃいけないし、中々時間が作れないでいる。
(……レイシアちゃん、今日も最後までいてくれるかな?)
どうせ最後までいるお客さんなんていない。
レイシアちゃんさえ残ってくれるんだったら、ゆっくりお話できる機会もあるだろう。
「ご注文をお伺いします!」
心配という気持ちを抱えつつ、僕は時間が過ぎるのを体を動かしながら待った。
♦♦♦
「はい、レイシアちゃん」
「ありがとうございます、タクトさん」
閉店時間一時間前。
ようやくお客さんもいなくなり、閑散とした空気が店内に流れた。
僕はレイシアちゃんにいつものブレンドのコーヒーを作って渡す。
営業開始からいて、これがまだ三杯目というのが少し驚きだ。
まぁ、あまり飲みすぎてもいけないからね。
レイシアちゃんだったら、少ないコーヒーでも入り浸るのは大歓迎だ。
「ふふっ、今日はお忙しかったですね」
「ありがたいことなんだけどね。最近は、こうしてレイシアちゃんと二人きり話す機会も減った気がするよ」
「いいことではあるのですが、そう考えると少し寂しい気分になりますね」
レイシアちゃんは「いただきます」と言って、コーヒー啜る。
上品に飲む姿が、いつ見ても絵になるような美しさだ。
(……さて、二人きりなったのはいいんだけど)
単刀直入に聞いてもいいだろうか?
初めてレイシアちゃんの話を聞いた時はズカズカと踏み入るように聞いちゃったけど、何故か今は躊躇ってしまう。
それは深く踏み込みすぎて嫌われたくないって思ってしまっているからだろうか?
それとも、単に今の関係を壊したくないからだろうか?
(い、いやいやいや……ここで聞いておかないと、なんかダメな気がする!)
自分で言ったじゃないか。
吐き出した方が楽になるって。
言いたくなさそうだったら聞かなきゃいいだけの話だし、吐き出して楽になってくれるんだったら、それにこしたことはないはずだ。
僕はレイシアちゃんに見えないようカウンター下で太ももを抓ると、至って自然にレイシアちゃんに尋ねた。
「レイシアちゃん、今日は結構ボーっとしてたけど……何かあった?」
「……ッ」
レイシアちゃんの肩が一瞬だけ跳ねる。
その反応を見る限り、何かあったのは間違いないだろう。
でも───
「いいえ、何もありませんよ。ただ、学園での課題に悩んでいただけです」
「そっか……」
その言葉が嘘だというのは、レイシアちゃんの顔を見ればなんとなく分かった。
いつものようなお淑やかな笑み。その裏に、少しばかり陰りが浮かんでいる。
「前に僕が言った言葉、覚えてる?」
「吐き出した方が楽になる、でしたよね?」
「そうそう。だから───」
「いいえ、本当に学園の課題なんです。恐らく、タクトさんに言ってもよく分からないと思いますので」
レイシアちゃんが話を終わらすかのようにコーヒーを啜る。
これは「これ以上踏み込むな」という合図にしか見えない。
つまり───話したくはないんだろう。
(でも、何か手助けをしてあげたいんだよなぁ)
レイシアちゃんだから。
他の誰でもない、僕の恩人で友人の女の子だから。
悩んでいて、困っているなら……その手助けをしてあげたい。
ただ、話が聞けないんじゃやることは限られていて───
(……そうだっ!)
僕はふと思いついた。
脳裏にその言葉が浮かび上がると、僕はカウンターから身を乗り出してレイシアちゃんの顔を覗いた。
「ど、どうかされましたかタクトさん……?」
「ねぇ、レイシアちゃん! 前に約束したアレ、覚えてる!?」
レイシアちゃんが頬を少し染めたまま可愛らしく首を傾げる。
そんなレイシアちゃんを見て、僕は捲し立てるように言った。
「次の休日、前に約束した魔法を見せてほしいんだ!」
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