第5話

 娘は名を玉兎と言った。父母を失くしたため老婆を頼って暮らしていた。年頃の娘となったいまも、こころの方は幼子のままの様だった。すぐに保奈に懐き、後を付いて歩く様になった。保奈も玉兎に簡単な用を頼み手伝わせた。

 慈光は柱に凭れてふたりの様子を眺め微笑んでいた。老婆が承知してくれるならば共に里に連れて帰っても構わない、とぼんやり考えていた。

「慈光様」

 幸福な白昼夢を破る様に由佐が呼びかけた。慈光は手を上げて由佐を制するとゆっくりと立ち上がった。

「由佐、結界を張れ」

 はい、と答えると由佐は目を閉じて印を結んだ。

 ふたりの様子に気付いた保奈が近づいてくる。その後ろから玉兎が不安そうな顔を覗かせていた。

「保奈、老婆を呼んで来てくれないか」

 と慈光に命じられた保奈が駆けて行く。玉兎はどうしてよいか分からずにおろおろした。

「おいで」

 慈光は玉兎を自身の傍に引き寄せた。すぐに保奈が老婆を連れて戻って来た。

「この村の守りは当てにならないでしょうね」

 慈光が老婆に問う。

「はあ、若い者がいないので…しかし、どうして急にそんな事を?」

 結界が張れました、と由佐が印をほどく。老婆はますます怪訝そうな顔になった。

「すぐに村の守りの衆を集めて頂けますか?それから他の方たちを連れて逃げてください」

 保奈、頼む、と慈光は玉兎を保奈に託した。保奈は玉兎の手を引き老婆を促して辞した。

「長居しすぎたな。この災いは私が呼び込んだようなものだな。」

 慈光が自嘲するように言った。御傍に居させて頂きます、と由佐が膝をつく。

「お前はいくつだったかな?」

 憐れみを瞳に滲ませながら慈光が尋ねた。

「十九で御座います」

 その答えを聞くと慈光は、すまない、本当にすまない、と天を仰いだ。


 

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