第2話 砂に埋もれた街
少女が次に目を開けた時、目の前には見知らぬ顔があった。クリクリと大きな目が驚いたように見開かれる。
「わ、起きた! ねぇ喋れる? 気分はどう?」
やたらハイテンションで話しかけてくる女の子が真横に傾いている。……いや違う、こちらが寝ているからそう見えるのか。
「えぇと……」
なぜ自分がこんなところで横になっていたのか思い出せない。
上体を起こすと、ふわっとした茶髪をポニーテールにした彼女はしゃがみこんで視線を合わせてきた。年は小学の高学年といったところだろうか。ぱっちりとした眼も相まって人目を引く容姿だ。
座り込んだままで周囲を見回すと、少し離れた位置にも二人、別の人物が居ることに気づく。鋭い眼差しをした黒髪の男と、フードを目深にかぶった背の高い人物。目元の明るい女の子も含めて全部で三人がぐるりと自分を包囲するように立っていた。
「な、なんですかあなた達……」
ぎょっとして身を固くする。寝起きで見知らぬ人たちに包囲されているというのは気分のいい物ではない。それに、彼らにはどこか一般人とはかけ離れた雰囲気があった。どことなく殺伐としているというか……平たく言うと近寄り難い。
(刀!?)
特に、少し後ろにいる目つきの悪い男は帯刀していた。黒のハイネックとジーンズというラフな格好をしているくせに、腰のベルトに挟んでいるのはテレビや映画で見るアレである。よく見ればその隣のフードの人物もマントの下からチラリと銃口らしきものを覗かせていた。普通に考えてモデルガンと模造刀だろうが、それにしたって異様な雰囲気だ。
「あー、ほらぁ! 隊長が恐い顔してるから怯えてるじゃないですかぁ」
ポニーテール少女の腰にもサバイバルナイフが吊ってあり、おもわず仰け反る。なんなんだ、この集団は。
隊長と呼ばれた刀男は、眉間にそれは深いシワを刻みながら低い声で答えた。
「この顔は元々だ」
「すまーいるすまーいる」
「できるかっ! ほら早く行くぞ、捕まっても助けないからな」
「あはー、そうでしたぁ。失敗失敗」
おどけた仕草で額を一つ叩いたポニ子は改めてこちらを向いた。少しだけ真面目な声音に正し、手を差し伸べてくる。
「立てる? ここ危ないから船に行こう、詳しい話はそこでね」
「あっ、うん。……船?」
首を傾げながらも立ち上がる。手を引かれて丘を登った少女は、眼下に広がる景色に絶句した。
「……」
傾きかけた夕空の下、そこには見渡す限りの砂漠が広がっていた。見慣れた街は跡形もなく消え去り、その残骸と思しきガレキの山だけがかろうじてあちこちから顔を覗かせている。
その瞬間、気を失う直前の光景がフラッシュバックした。砂のバケモノ、捕食されていく人間たち。そうだ、確か自分は蹴り飛ばされて鉄塔に叩きつけられたのでは無かっただろうか?
「う、うそ、あれ夢じゃ――」
「それじゃ、いっきまーす!」
「ひゃあっ!?」
事態を尋ねる前に、女の子にひょいと抱えられ悲鳴をあげる。そのまま背中側に回され、気づけば自分よりも一回り小さい彼女の背中におぶさっていた。
「しっかり捕まっててねー」
「ちょ、ちょっと待、うわあああ!」
景色がものすごい勢いで流れて行く。気づくと謎の三人組は飛ぶような勢いで走り出していた。遊園地のアトラクションもかくやという勢いにただただ悲鳴をあげるしかない。
「いやーっ! うわーっ!!」
「口閉じてないと舌かんじゃうよ?」
「ナナ、あまり飛ばすな、またこの前みたいにブッ倒れるぞ!」
「ヘーキヘーキぃ! ナナは最強だからぁー」
刀男の忠告もよそに、ナナと呼ばれたポニーテールの女の子は調子にのってポンッとトンボを切る。
「ひっ!」
起きたばかりで失神しそうである。
そんな中、これまで一言も発さなかったフードの人物が寄ってきて静かに言った。
「二時の方角に敵を発見、速度を落とせ」
涼やかな女性の声に驚いたが、それ以上に視界の端に入った巨体に息を呑んだ。
「あれ……!」
それは気を失う前に見た、街を襲撃した砂のバケモノだった。砂漠なので距離感がよく分からないが、2キロほど先だろうか。ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。
「あらぁー、見つかっちゃった。ツイてないなぁ」
「お前が派手に動くからだろう」
スピードを緩めた一行は岩場のところで散開した。ナナに背負われたまま逃げる少女は狼狽えて尋ねる。
「だ、大丈夫なの?」
「うん? ヘーキだよ、ナナがちゃんと護るから安心してね」
だが胸の動悸は収まらなかった。砂のバケモノに蹴り飛ばされた腹部がズキリと痛む。あれが現実にあった事だとしたら、なぜ自分は生きているのだろう。
「なかなか大物だねー」
くるっと方向を転換したナナは後ろ向きにトーントーンと跳びはじめた。見れば刀男とフードの女性が戦闘を開始したところだった。素早く飛び上がった男が抜刀しながら右腕を切り落とす。不思議なことにその刀身は赤い光を帯びているようだ。そして、その横をすり抜けさらに高くジャンプした女性は、懐から何かを取り出し投げつけた。ボムッと、くぐもった爆発音が響き、敵の左肩が弾け飛ぶ。
「ああっ、やった!」
「うーん……どうかな」
ガレキの陰にすべりこんだ少女たちは離れた場所から観察する。砂のバケモノは一瞬ぐらついたように見えたが、次の瞬間切り落とされた腕たちがサラサラとどこからともなく集まり元通りになってしまった。思わず大きな声が出る。
「えええっ」
「ヤツの復元力はハンパなくて、コアを突かないとなかなか、ね」
トンッとガレキの上に乗ったナナは手をメガホンの形にして叫んだ。
「加勢しよっかー?」
――いい! お前はそいつの保護に専念していろ!
遠くから声が返ってきてナナはため息をつく。
「んもう、日暮れが近いってのに。まずいなぁ、これ以上増えるとちょっとだけヤバいかも」
曇りなのでわかりづらいが、確かに辺りは少しずつ暗くなり始めている。見れば敵の周りの地面からわき出すように小型のバケモノが出現していた。
その光景を恐々と見守っていた少女は、あれ?と小さな声をあげる。
「あの青い光、なに?」
「え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます