第4話 シヴァールの誕生

 ドクドックは玄関先に、落ちぶれるようにして玄関のドアに寄りかかっていた。

 動かすだけの指もなく、力尽きていた。


 ドクドックは姉の期待のために筆をとり続けている自分に気づいた。

 そして、最後の結末が決まった事、自信が疲弊している事にも気づいた。

 何のために書いているのか、姉の気分をよくするためであったのではなかったのか?いや、その前に、俺は書きたいものが書きたくてやっているのだ。

 傲慢な自分の一面が、今までの疲弊を覆すかのようにドクドックの胸に落ちてきた。

「忘れられるものか」

 そう、踏ん張りを入れる。シヴァールの話を”死”で片づけてはいけない。

 それは、俺が姉に死を望んでいる者ではないか。

 シヴァールは舞台から降りなければならないのだ。魔王であり姫である初恋の人を殺し、勇者ではあれなくなり、純朴さも失う。

 ドクドックは”死”から始まる話を書き始める。いつもの床に座り、テーブルに向かって原稿を取り始めた。


 「”シヴァールは恋する少女を死なせたが、自身は死ねなかった。そして忘れることもできなかった。シヴァールは身を引いて、女の子を中心に置く男になる。奔放に女の子と遊んで冒険をする男の姿はなく、瞳には哀愁が満ち女の子に対する憐憫をたたえるようになる”」


 シヴァールは勇者を止め、出立した国の王子としての身分を隠し義賊として街へと降り立つ男となる。

 彼は病院の窓から月夜に現れると、一夜の夢のひと時を過ごさせるために女の子と飛空艇に乗って飛び立つのである。

 「それが最初の病室の女の子との恋。恋をする王子であり義賊となったシヴァールは、もう一度あの初恋の人が輪廻転生し、もう一度出会うために今日も夜を駆ける」


 ドクドックはそう締めくくると、いつもの姉がいる病室へと向かった。

「面白い……!」

 姉は素直に感動し、原稿の一枚一枚を読み漁っていた。

 ドクドックは初めて姉の”面白い”と言う感想を貰った。いや、自分の人生にとっては姉の感想は多分これが一番になるだろう。

 初めてのファンレターを貰った気持にドクドックは心のうずきが止まらなかった。「そうか?そうだろうか?」

 と聞き返しては、姉が「面白い、面白いよ!」と返してくる。

 有頂天のようになるドクドックの心臓は、高鳴らんばかりであり、悦であった。

 その日は、姉と一緒にシヴァールの感想会になるまで、夕方まで語り合うこととなった。

 帰った後、とても良い疲弊感と共に疲れを癒す風呂を浴び、鼻歌を歌いながらテーブルのその原稿を手にドクドックは思う。

 そういえば、サブタイトルを決めていなかったな……と。

 タイトルは決まっていた。あの月の女神の話からすれば、月はシヴァールの象徴であり、いつか自分が会いに行く人である。そして、女の子たちが目指す初恋の夢の場所である。

 女の子たちが望む『私を月に連れてって』がタイトルになるのは間違いなかった。

 サブタイトルの最初にシヴァールの名前を書こうとしてふと止まる。

「女の子の名前を先に書いてやるか」

 姉の名前をもじった名前をドクドックはつける。下らんと思いながらも。


私を月に連れてって~窓ぎわのミルと義賊シヴァール~


 これが第一巻の始まりの物語であり、義賊シヴァールの第一巻のタイトルとなった。しかし、これを発売するために、ドクドックはまだ足を走らせねばならなかった。

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俺の名はドクドック 春野 一輝 @harukazu

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