「魔界の中枢にての、謀議」
重装の
「く――――」
エルカリナ城の玉座の間に迫る広さの空間だ。窓や明かり取りの
たった三人で中央に立たされる地上からの使者を遠巻きに包囲するかのように、軍人らしい軍服姿や文官と思われる制服、甲冑を身につけた兵士たちが合わせて二百人が立ち並ぶ。
その数を正確に数えようとして、コルネリアはやめた。一斉に
エルカリナ城から
双方が言葉もなく真っ向から
ただ、この場に魔界においての責任者に位置する者がいない、というのはコルネリアにもわかっていた。
この間に通されてから、十五分は経過しようとしていた。暗い紅に染まる部屋の色調と、
「――いや、
真正面を見ると、見知った顔が奥に繋がる右の通路から出てくるのが見えた。
「よう、コルネリア。何時間かぶりか? わざわざ魔界にようこそ、
「……ダージェ王子殿下におかれましては、ご機嫌
地上ならいざ知らず、敵地の真ん中の真ん中ではへりくだるしかない。こちらのその反応も計算に入れているようなふざけた態度に、
「ああもうそれはそれは、麗しいの一言だぜ。なんせ今日は俺の嫁になる女を迎え入れた日だからな。こんな
「お客人を前にして、なにをはしたないことを。ダージェ、口を
「…………!!」
コルネリアの目が、左奥の通路に向けられた。
「またダージェがやんちゃをしてしまったようで。姉から謝罪させていただきますわ。この子の暴れっぷりはもう、私としても手がつけられなくてね。困っているところですのよ」
闇の色をした重々しいドレス、よくもその
「モーファ……レット妃殿下も、ここにおいでに……」
「貧乏
人を
「誰が親父の名代なんだ。王位の
「モーファレット姉上、とかせめてモーファ姉さん、とかいいなさいな。それに名代というのは、陛下から実際に
「――では、単刀直入に申し上げる」
やはりここに『魔王』は
「つい先ほど、我が国王の王妃候補であるリルル嬢の身柄がダージェ王子殿下自らの手によって拉致され、この魔界に連れてこられたのです。我が王国としては、このような行いを決して容認できない。正式な発表はまだではあるが、リルル嬢は実質的に我が国王、ヴィザード一世の婚約者である!!」
「
「ご用件は承りましたわ。しかし、そうは
モーファレットの形のいい
「ダージェはかなり独断専行で動く
「……魔界の意志によるものだというか!」
「これがどういう意図に
「……最終決断、とは?」
「白々しい。あなたもおわかりでしょう。
「……我がエルカリナ王国に侵攻しようと……!」
「最悪の場合ですわ、最悪の」
扇を振ってモーファレットは顔の半分を隠す。燃え盛る溶岩を煮詰めて純粋な結晶を取り出したような紅い目が、炎の色を帯びていた。
「今の魔法陣の大きさではそれほど数は送れないですものね。こちらのゴーレムなら二百体は送れるかしら? それで王都にどれだけの被害が出るかは、まあ、ちっぽけなものでしょう」
「――――」
攻城戦においての切り札だろうが、それを完全に
もちろん
「――手口が
「……いうまでもないことかも知れないが、リルル嬢は我が国王にお
モーファレットとコルネリアの視線が、絡み合って火花を散らした。それを
地の底から足の裏を揺らす低く重い『声』が響いて来たのは、そんな時だった。
「――使者よ」
「っ」
この世界に存在する弦楽器、その最も重い弦を響かせればこうなろうというほどの、空気の分子の一つ一つをも激震させる『声』。謁見の間を囲んでいる壁、天井、床の全てが激しく震えて震動の音を立てる。コルネリアの鼓膜を打ち鳴らし、さらにその裏側で音が
コルネリアの目が
「ワ……ワイブレーン……陛下……」
真っ赤な緞帳は上がっていない。いや、そもそも緞帳の向こうに声の主はおろか、玉座に相当するものもない。
魔界の主はまさしく、この足元にいる――。
「……
今まで沈黙を
「我が長女が申した通りである。
感情のない『声』――いや、『音』というのが正確なところかも知れない。が、コルネリアの
膝の震えが起き出し、気力を奮い起こして唇を噛むようにこらえようとしても、それを止められない。気の弱い者であれば泣き出すどころか発狂にまで至っただろう。
リルルをさらった魔界の罪を
「そなたの国王に伝えられたい。なんの意図をもって計画を遅らせているのかはもはや問うまい。
「う……う、う、承った…………」
今、自分は伝説の魔王と話している――その認識がはね
演奏が終わるように重い低音の気配が引いていく。声の主の気配が去ったのを、コルネリアはようやく知った。
「へっ、親父の声にビビり上がるとか、可愛いところあるじゃねぇか、コルネリアちゃん」
「ダージェ、あなたは
「……わかった。それについてはこちらにも用意がある。明日にも
「まあ、物分かりのおよろしいこと」
モーファレットが扇で隠していた口元を見せた。明らかな笑みがあった。
「それと、具体的な計画始動の日時を取り決めたいわね。もう延期も見送りもなし。できれば、ヴィザード一世陛下のご出席を
「……了解した。日が暮れるまでには、国王の意向を伝える」
「よかった。話し合えばわかり合えるものね。さて、使者殿はお忙しい身。お帰りをお見送りして」
「無用だ。……それでは、失礼する」
コルネリアとその護衛たちはきっかり百八十度の回れ右をすると、足音を余計に響かせながら出ていった。
謁見の間の周囲を固めていた臣たちも自動的に解散し、広い空間に二人の王族の姿しかいなくなる。
「やっと本腰を上げるか、連中め。あいつら本当に腹の内が見通せねぇ。この魔界に魅力は感じてないだろうが、握手する時も何か隠し持ってないかに注意する必要があるよな。――モーファ、地上の半分を占領したら、エルカリナ王国も
「可能ならね」
「こちらは王都の首根っこを押さえてるも同じなんだ。
「いいわけないでしょう。事態がどう転ぶかわからないのだから、
「俺の嫁は俺が決める。これに指図を受けてたまるか――んじゃ、俺は早速リルルを
ダージェは口元をめくり上げるようにして笑うと、元来た通路に消えた。
モーファレットがはああ、とため息を
「父上、どう思われますの。あの出来そこないについて」
「……我が座を継がせるわけには、いかんな。
「息子がいるのに女の魔王が誕生する。しきたりに反することですわ。周囲が納得致しましょうや?」
「その息子がいなくなれば、納得するしかないであろうな」
「――――」
モーファレットがわずかに目をつむった。心の中で何かを切り離すために必要な動作だった。
「……魔界存亡の危機だ。息子が可愛くないわけではないが、あやつのわがままで魔界を滅ぼすわけにはいかん。モーファレット、準備をしておけ。なるべく使いたくはないが……必要となれば、致し方ない……」
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