「男爵ニコル、新天地へ」
「ああ…………」
リルルは、手の平の中で小さく輝いているそれをじっと見つめた。
ロケットの中の写真。自分と、ニコルとフィルフィナと、サフィーナとロシュが一枚に収まり、
真ん中で笑っている自分は、最初にロシュがここを訪れて来た時に記録した自分なのだろう。その記録された自分が、精一杯の笑顔を作れていたことが、リルルには涙が出るほど嬉しかった。
「ロシュちゃん……サフィーナ……フィル…………ニコル……」
そんな自分を
「……みんな、みんな、ありがとう……」
つるつるとしたガラスの奥に収められた小さな写真に指を当て、その向こうにいるみんなの顔のひとつひとつに、リルルは触れた。
「……そうね。私にはみんながいるものね。かけがえのないみんながいるもの……。私、まだ、まだまだがんばれる……」
ロケットの
「いつか……きっと、また会える。みんなのところに帰れる。そう信じて待つ……私、あきらめない」
首に細い金の鎖を巻き、その
「あ……手紙もあったんだ……」
小さく小さく折りたたまれた紙片を広げると、そこには細かい字で、これからニコル達が行う予定がびっしりと書き込まれていた。
「……ニコルは
一度設定すれば、どんな離れた場所の間をも一瞬で移動することができる転移鏡。それで繋がっていれば、
国王はリルルとニコルを離すことで心理的にも引き離そうとしたのかも知れないが、それは
「ニコルたちは
最後に『負けないで』と
もう一度胸元を握りしめ、ロケットの感触を強く確かめてから、リルルは部屋のランプの
「おやすみ、明日もよろしくね……みんな……」
一人閉じ込められているこの
リルルは笑顔のまま体を丸め、目をつぶった。明日も戦わなくてはならない――今は離れている、みんなの想いを胸の中であたためながら。
◇ ◇ ◇
それから、なにごともなく数日が過ぎた。
ニコルはメージェ島への移住のために大忙しだった。メージェ島に渡って統治の
とはいえ、南海の孤島では自然に集まってくれる移住者などいないだろう。この王都で集め、連れて行くのが効率的だった。
そんな、メージェ島への出発が現実となった日の、正午。
奇妙な、いや、奇妙すぎるというべき一団だった。
そのうちの五十人は、上は十二歳ほどから下は三歳くらいに
それと少し離れて作られている百人ほどの集団は、特に目を引いた。
獣人、ラミア ケンタウロス、ハーピー、ゴブリン、オーガ、妖精、アラクネ――その他、王都に存在する人間以外の亜人、その全ての種類を集めてきたのではないかという多種多様ぶりだった。
「結構集まったね」
「集めすぎですよ、これは……」
集団をとりまとめているニコルの隣で、アーダディス男爵家の
「ティーグレに、王都で食い詰めて外に出たがっている亜人はいないかと聞いてみたら、行き先が無人島でもこうなるとは……集まっても、この半分くらいと思っていたんですけれど……」
「まあ、船に収まればどうにかなるよ。子供と女性は
冬の海上で一日をしのげば、
「僕は楽観的過ぎるのかなぁ」
「いえ、楽観的なのも領主の才能のうちです。現実的な領域はわたしが
「フィルが頼りだね。お願いするよ」
そんな一行を待ち受けるように、
「こんなに早く、もう一度この船に乗り込むだなんて思ってなかったよ」
「わたしもそうです」
ニコルとフィルフィナは、二人で背後の船を振り返った。
つい一週間前ほどに自分たちをメージェ島から連れ帰ってきた『森妖精の王女号』が、
「母にこれを貸してくれないかと頼んだら、あっさりと
頭を下げに母の元へと
「森妖精の王女には
「ニコル、荷物は全部運び込ませたぞ」
板に
「あとはここの連中を船に押し込むだけだ……パンパンになりそうだけれどな」
「先輩、本当にいいんですか?」
「ああ?」
王都警備騎士団のニコルの
「僕はともかく、先輩は自分で警備騎士を
「お前が貴族になったら、俺がその家の騎士団長になる。そういう約束だろうが、んん?」
バン! と背中を
「どうせ俺は男爵家の
「……先輩の給料を払えるかどうかもわからないんですよ?」
「南の島でのんびりできるんなら、食いもんさえあてがってもらえりゃ不満はないさ。俺だって農作業ができないわけじゃないし、食い
バン、バンバン! と
「おい、うちのニコルをそんな乱暴に
いつの間にかニコルの側に寄っていた長身の女性が、咳き込むニコルをかばうように抱き寄せた。
「うちのニコルってなんだよ、ニコルは俺の後輩だぞ」
「あたしの後輩でもある。ニコルはうちの騎士団で二年も面倒見てきたんだよ。――なあ、ニコル。お前は今でもゴーダム騎士団の騎士だよな? あの修行の日々を忘れたなんて
「ア、アリーシャ先輩……」
「よしよし、いい子だニコル。あたしを先輩と呼んでくれる素直さが可愛いんだ、お前は」
勝ち気で男勝りな印象をその顔に見せる女騎士、アリーシャが快活な笑いを浮かべた。
「……あんたはゴーダム騎士団の所属のままなんじゃないのかよ。そもそもなんでここにいるんだ」
「そのゴーダム公爵閣下からいいつかった。出向してニコルを
「まさか、アリーシャ先輩がいてくれて本当に助かります。しかし先輩、向こうには本当になにもないんですよ。全部を一から作らなきゃいけないというのに……」
「いいんだよ。あたしが行きたいって志願したんだ。志願した者の意志をいちいち確かめるな」
「おい、あんまりニコルにベタベタすんな!」
「――幸せそうですね、向こうは」
フィルフィナはため息を
「フィル、そろそろ子供たちを乗せたいのだけれど」
「エヴァ」
修道女そのものの白い
「そうですね……先に船倉に入ってもらいましょうか。しかしエヴァ……本当にいいのですね?」
「フォーチュネット伯からのご
エヴァ――五十人の子供を
そして、かつてはそんな立場からはかけ離れた立場にいた、今では捨てたもう一つの
「燃料代にも
「子供たちを
どちらがニコルを猫可愛がりするかでもめだした二人から、ニコルが逃れてきた。
「僕が話を持ちかけたんだ。責任は取る。エヴァの孤児院の子供たちが向こうでやっていける
「子供たちの面倒はお任せください。下手でもみんなで畑を作って、食べ物を
「うん、期待してるよ、エヴァ」
エヴァに
「子供たちは、未来の生産人口にもなりますからね。――さて」
フィルフィナは年齢も性別も種族すらもバラバラな亜人たち、百人ほどの集団に目を向けた。
「次は、少し難しそうな一団ですか」
エルカリナ王国では『臣民』として数えられないこの亜人たちを、新天地でどう活用するか――アーダディス男爵家の未来はそれにかかっているといえた。
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