「世界を切り分ける」
リルルはその日、起きてから日が暮れるまでの一日を、汗を流すことで過ごした。
居間のソファーとテーブルを端に寄せて空間を作り、黒い腕輪から取り出したレイピアを振って剣の型を確かめる。きちんと訓練を受けたサフィーナに剣を習った日々を思い出し、基本の突き、
息が上がったところでぬるめの風呂に入って汗を落とし、体が乾いてから今度は、
ほとんど鉄柵と鉄板だけでできている非常階段は、まるで空を上り下りしているようで
太陽が頭上をぐるりと巡るだけの時間を、体を動かすことだけで使う。非常階段を上り下りする金属音に気づいた女兵士が
冬の日暮れは早い。太陽が西の空の下に沈み星が
時間通りに運ばれてきている夕食を
「はぁ…………」
リルルは、寝台代わりにしてもいいくらいに寝心地のいいソファーに、寝転がった。一日中動かして重くなった
リルルが一日を運動だけで過ごしていたのには、いくつかの理由があった。
ひとつは、体を動かすことで不安を
昨夜のロシュとの接触で、フィルフィナに伝えるべきことは伝えた。文字通りの生き
が、立場の苦しさは自分とてさほど変わらない。ロシュが忍んできてくれるのが
幽閉というのは、誇張でもなんでもない。体を動かしていればその分、考えることを減らすことができた。
そして、もうひとつ。
――
それがいつ、どのような形で来るかなどは、わからない。
ただ、メージェ島での戦いから今現在の
「――はぁ」
リルルは鉄格子が
今夜もロシュは来てくれるかも知れない。日付が変わるまでの時間を、リルルはこのまま
◇ ◇ ◇
エルカリナ城の出入りは、正門の
午後八時を過ぎたころ、その
「――旅の
提出された書類を確認する兵士が、身分証に目を通して声を上げた。書類から視線を上げると、いかにも道化師という衣装を身につけ、顔には派手な
その道化師に付き
「国王陛下のお
「ふぅん……」
兵士が書類とその
念のために所持品を細かく確認したが、短剣どころか針の一本さえ出てこなかった。
首を
八階に上がる唯一の階段の前では、重装備の兵士たちが数人、自分たちの体を壁にして上への
その前に、三人組は軽く自然な足取りで歩み寄った。
「国王陛下のお招きに預かり、参上したんだ」
道化師は先ほどの
「ここで待て。陛下にご確認を仰ぐ」
「その必要はない」
遠く頭上から降ってきた声に兵士達は振り返った。階段を上りきった先に当の国王陛下、ヴィザード一世の姿があった。
「その者たちは
「はっ……」
兵士たちが統率された動きで階段の前を
八階から九階に繋がる階段の前にも数人の兵士が長槍を手に持って控えていたが、既に道は空けている。道化師たちがそれを上りきると、九階の広大な
「よく来たな」
ヴィザード一世は玉座に座して待ち受けていた。シャンデリアが十分に灯されてはおらず、薄暗く思える玉座の間のいちばん奥から声が聞こえる。
それに礼をすることもなく、三人組は
三十歩ほどの
「それで今夜は、どのような芸を見せてくれるのかな?」
「変身っていうのはどうだ」
後ろの外套姿を従えるようにしている正面の道化師――その彼が面白くもなさそうに呟いた瞬間、道化師の衣装が青白い炎を上げて燃え上がった。
熱のない青い炎の揺らめきは一瞬にして少年の体を包み込み、顔に施している化粧までも炎を発して全身を包み込む。
それは数秒と
大きく形の鋭い目と小さな鼻、少し開いた口からはっきりわかるほど
そんな
「今夜は苦情の申し出にわざわざやってきたんだ。この国では客人に茶の一杯も出さないのかよ」
声変わりをした少年の、特有の高さを残しながらそれなりに低い声が響く。好意の
「茶葉ならあとで送ってやる。一抱えはあるほどにな」
「ふん。……まあいい、仕事の話をしようぜ」
「止めてない。早くするがいい――
「ちっ」
魔界皇子と呼ばれた少年は舌打ちすると、小さく差し出した手の平を上に向けた。手の平に
「親父にいわれてな。基本から確認してこい、だとよ。そちらの
「せっかちなことだ」
「せっかちじゃねぇ!」
「こっちは今年も
「
「どうせ三年か四年前の古い小麦なんだろうが。パンに焼いたって
「
「要るに決まってんだろ!」
魔界皇子が
「――仕事の話をするぞ。この球がこの世界の地図だ。
宙に浮かんだ光球が、ひとりでにぐるりと回る。刻まれている模様は陸と海との境界を示しているのか、海と思しき領域が青く塗りつぶされた。
「大まかは問題ない」
「どうせ大まかな話だからな。これがこのエルカリナ大陸か」
ふたつの弓状の大きな大陸、それと少しの距離を空け、両側から包まれるようにしてほぼ中間に位置する少し小さめの大陸が、赤く塗られた。ヴィザードがうなずく。
「手前ェの国はこっちを
エルカリナ大陸の東側にある大陸が赤、エルカリナ大陸と同じ色に塗りつぶされた。
「こちらの大陸は魔界でいただく」
続いて、反対側の大陸が黒く塗られる。細かい島はともかく、光球の陸地を示す領域のほぼ九割以上が、赤か黒か、どちらかの色に染まった。
ヴィザードは
「このエルカリナ大陸を足がかりにして、エルカリナ王国と魔界の軍勢が協力、世界中に
エルカリナ王国と魔界が
知らない者が聞けば
「問題ない」
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