「離れていても、家族」
部屋の真ん中に
『フィル……私も
「ああ……」
フィルフィナの手が小さく
『今すぐ、フィルに会いたい。フィルと話をして、フィルに甘えたい、フィルに
「お嬢様……リ、リルルお嬢様……」
その
フィルフィナは今すぐ、今この瞬間にでも、全ての
『――でも、今はその時じゃないのよ、フィル』
リルルが、指で
『今、私は本当に閉じ込められているわ。リロットになればこんなところ、すぐにでも
「親しい人……」
フィルフィナの背中の肌が、
『今はここを出られない。……でもね、フィル。私はここを出ることを、
「お嬢様……?」
コトの重さに
リルルの顔を
『私は、
――好機。
『私の思い込みかも知れないけれど、予感がする。きっと大きな、大変なことが起こるって。今までの常識がひっくり返るくらいのことが起きるって。それはいつになるかわからない。明日かも明後日かも、それとも百年後かもわからない。でも私は自分の予感を信じる。そのために今は待つの』
「…………」
『フィル。あなたはその時に備えていて。私には、後ろから見守ってくれる相棒が必要なの。それはフィル――あなたにしかできないことなのよ』
幻のリルルが、微笑んでいた。
「お嬢様……リルルお嬢様…………リルル…………」
フィルフィナにはわかる。リルルの微笑みにわずかな、フィルフィナでなければわからないような震え、
それがフィルフィナの心を
今、いちばん
そんなリルルが、自分を置いてでも励まそうとしてくれるのを、どうして無駄にできるものか。
『あなたがお父様にクビにされたって――フィル、あなた私の家族。私は、あなたといつまでも側にいてほしいから、あなたにメイドになってもらった。だから、これからもそうでいてもらわないと困るの。
――フィル、いつまでも側にいて。そして、私の心に寄り
「……リルル……」
アメジスト色の瞳が熱く
「……わかりました。フィルは、
フィルは、負けません。フィルが負けることが、あなたの負けになる。わたしたちはふたりでひとつ――いいえ、みんなでひとつなのです。そのためにも、負けられない……」
そんなフィルフィナの声がまるで聞こえたかのように、記録のリルルが微笑んだ。
『――もう、これ以上は話せないみたい。お城の警戒が厳しいみたいだから……。ニコル、フィルをよろしくね。私の代わりに支えてあげて……』
「わかっているよ、リルル」
ニコルのうなずきを見届けたように、リルルの幻は、なんの前触れもなく消えた。
「――記録はここまでです。城内の警備が
無表情のロシュが伝えた。
「一晩中、お城を
「嵐が来る……」
フィルフィナの呟きに、ニコルが振り向いた。
「メージェ島からの帰りの船の中、嵐が来る、と母はいっていました。それが具体的になんなのかは全く教えられていないのですが、
「嵐が来る……」
ぞくり、とニコルが体を震わせた。
この異変は、メージェ島から帰ってきた直後に起こっている。とすれば、フィルフィナの母――ウィルウィナはある程度のことまで知っていてそんな言葉を残したのか。そして彼女自身も、これから起こることの
「……ともあれ、今は待つしかできません。わたしたちにはなにかが起こった時のための
フィルフィナがハンカチでひとつ涙を拭うと、その瞳に揺れはなくなっていた。頼もしささえ感じさせる落ち着いた眼差しが、そこにあった。
「ニコル様、このフィルフィナがニコル様の領地経営に協力させていただきます。いくつか
「そろそろお話は終わったかしら?」
ノックなしで部屋の扉が開いた。地味な町娘らしい服装に着替え、それでも公爵令嬢らしい高貴な
「落ち着いたようね。今夜は私の屋敷で泊まるがいいでしょう。打ち合わせしたいこともあるわ」
「サフィーナ……。ご心配をかけたようで、申し訳ありません」
「いいのよ。リルルと離れ離れになってもぐらつかないフィルより、よっぽど好き」
「ありがとう……サフィーナ。……ニコル様、わたしはこれから着替えたいと思います」
「さあ、
「わわ、サフィーナ様」
ニコルの両眼に手を当て、サフィーナはニコルを押し出すようにして自分も部屋から出て行った。それにロシュも続いて扉を閉めると、部屋は本当に静かになった。
「……ありがとう、ニコル様、サフィーナ、ロシュ……」
フィルフィナは
◇ ◇ ◇
「私は馬車の準備をさせていますから、終わったら下りてきてください」
そう言い残してサフィーナは階段を下っていった。ロシュもそれに続く。
フィルフィナの部屋の外、
「ありがとう、フィルを守ってくれて。あなたがいなければどうなっていたかわからなかった」
「礼なんていいんだよ。あんたのためにやってるわけじゃねぇ。――それよりもな」
虎の目がギロリとニコルを
「今ふたりっきりだからいうんだけどよ、
「
「……よくもそんな真顔で、そんな
「
ニコルは微笑んだ。女性たちの心を
扉が内側から開いたのは、それから一分が
「お待たせしました、ニコル様」
「……フィル」
扉から出てきたフィルフィナの姿にニコルは瞬き、次には安らぎの笑みを浮かべた。彼女が、いつものメイド服を着ていたからだ。
「サフィーナたちを待たせているようですね。早く行きましょう。――ティーグレ、お世話になりました。このお礼は、後で必ず」
「姐さん、礼なんていいんですや。俺ぁ、姐さんが元気になってくれたのがなによりのご
「ありがとう、ティーグレ――あら、頭の毛にゴミがついているようですよ。
「ゴミですかい?」
反射的に虎獣人が
毛むくじゃらのはずの虎の
「
フィルフィナが歩き出し、ふふと小さな笑いを残してニコルが続いて、廊下にはティーグレだけが残された。
ティーグレが、自分は生まれてきて今最高に幸せであると気づいたのは、我に返って
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