「かごの中のリルル」
東の地平線にまだ顔を見せ始めたばかりの太陽が、王都にそびえる王城・エルカリナ城の
大型馬車の前後を固めた二十数騎の重騎兵が、堂々たる列を作り、通りの通行の全てに優先して
それは、整然、という言葉を体現するかのような行進だった。
早い出勤の市民たちがその異様なほどに重々しい
この
朝、ここに来るまでにすごい列を見た――誰もが
一度たりとも止まることも、私語が
◇ ◇ ◇
窓が鋼鉄の
ニコルとフィルフィナが無事だろうことは、馬車の内側に必死に耳を当てて外を
「――――――――」
張り詰めきった神経を
この切り札は、王城の中では自分一人しか知らない――リルルが快傑令嬢リロットであるという、切り札は。
◇ ◇ ◇
馬車が停止したのは、屋敷の庭を出てから小一時間ばかり
鍵が開けられる音が響く。リルルが
「――リルル様」
開いた扉の向こうでは、ベージュ色に染められた長く重そうなローブを着た男が頭を下げていた。背はリルルと同じくらいの、四十半ばくらいの男だ。
「ここが目的地でございます。どうぞお降りください。道中、ご不便をおかけしまして申し訳ありません」
「――――」
その
「ここは……
「エルカリナ城――」
王都エルカリナ市民の
九層の本城の高さは百メルトに達し、最上層からさらに
自分がこの城の住人として入ることになるなど、
「リルル様、ご
「……わかりました」
本人が爵位を持っているわけでもない、令嬢という立場に過ぎないリルルに男は
馬から下りた重騎兵が道を作るように並び、リルルの行き先を示している。
◇ ◇ ◇
広く長い通路の奥に設置された大型
王城の一階は、正式な市民であれば正門の検問を通ることで訪れることも許されている。が、そこからの上層は別の話だった。
昇降機は七階で停止し、護衛達に
リルルには、自分が特別
八階に続く階段の前で兵士達による
リルルは少なからず驚いた。その階段を上がって、王との
「……
「こちらです」
向かわされた城の角に当たる部分に、またも検問があった。
そこに
「……女性の兵士……?」
今まで何十人という
そして、その四人を
「お初にお目にかかる光栄に
長身の
「
うなじが見えるくらいに短く切りそろえられた髪、小さな丸眼鏡が理知的な雰囲気を
「リルルです」
リルルはカーテシーをする気にもならなかった。来たくもないのにここに来たのだ、という言葉を
「ここから先が、リルル様のお住まいとなる場所になります。どうぞこちらへ」
「ここから先って……」
四人の女性兵士が
「この扉の先は、
「尖塔が……?」
「奥に昇降機と非常階段がございます。この扉の先に入ることができるのは女性だけ。例外は、国王陛下ただお一人でございます」
「その陛下はどちらにいらっしゃるのです?」
「陛下はただいまお休みであられます――さあ、リルル様、こちらへ」
コルネリアが女性兵士に合図を送る。厚みが人差し指の長さはあろうかという厚みの扉が二人がかりで開かれ、リルルの前に今まで想像したこともない世界の入口があった。
◇ ◇ ◇
尖塔の外壁に
「先ほども申し上げましたが、この尖塔そのものがリルル様の生活の場でございます。下は機械室ですが、これは昇降機並びに生活設備のための部屋。その上がリルル様専用の浴室とお手洗い、その上が物置、さらに上が寝室、最上階が
「はあ……」
要するに、自分専用の屋敷が縦に積み上がっているということか。
「こちらが居室でございます」
開いた昇降機の扉から少しの空間に出る。正面にひとつ、右手にひとつの扉が見えた。
「脇の扉は非常階段となっております」
コルネリアが扉を開くと、風がひゅうと吹き込んできてリルルの顔を冷やし、
「お
「……気をつけます」
「朝早くの移動で、大変お疲れになったことでしょう。こちらの部屋でお休みください」
コルネリアが居室に続く扉を開く。どうぞ、と促すコルネリアに従い、リルルは足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
エルカリナ城においても最も高い高度に位置するその居室は、リルルの屋敷の居間とほぼ同じ大きさの部屋だった。中央に四人、無理をすれば六人がかけられるローテーブルとソファーが置かれており、物書き
カーテンが掛けられた四方の大きな窓からは、王都エルカリナの全景はおろか、その
リルルはその窓のひとつから外界を見下ろす。北西の方向に見えるひとつの屋敷に意識が止まった。
「あれは……ゲルト侯の屋敷……」
今年の早春、
「どうかなさいましたか?」
「い……いいえ、素晴らしい眺めだなと思って」
「ここに
「コルネリアさん……でしたっけ。私、お城の中を色々見たいのです。あとで案内を――」
「それはかないません」
変わらないコルネリアの口調が、その内容の強さを一瞬ではリルルに伝えなかった。
「リルル様には、この尖塔からご勝手に出る自由はございません。公式の行事以外には、リルル様は基本、この尖塔の中だけでお過ごしになられることになっております。もちろん、城の庭や街などはもっての
言い返す言葉も探せないくらいの
ここは、
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