「ゲームのルール」
「すまないすまない、つい
「背中以外も流すつもりでしょうし、裸の付き合いは風呂だけじゃすまないのでしょう! 結構です!」
「そんなに毛嫌いしなくても。お
手足を動かす感覚が次第に戻って来て、ニコルは息を切らせながらシャツのボタンを
「僕をさらい二人の令嬢を
立ち上がったフェレスの体に、メイド姿の少女が無言で上着を着せる。帯を直したフェレスは寝台に置いてあった薄い板を手にして指を
「あなたほどの力のある者が、二人を我が物にしようとする……そんな
「まあ、これを見たまえ」
板の表面が強く発光し、光で構成された立体物が飛び出すようにして下から順に組み立てられていく。輝く緑の線で組み立てられた、高さ一メルトほどの『塔』の模型が
「これは、キミとボクが今いる塔の図さ。――同じことを二度説明するのも面倒だから、二人のご令嬢にもご覧いただくとしようか」
◇ ◇ ◇
まっすぐに続く通路を進むリルルとサフィーナは、なんの前触れもなしにまたも映像を表示した壁と天井、床の様子に思わず足を止めた。
銃の山の形らしい鋭い二等辺三角形、そしてその中にすっぽりと入った、細く長い柱状のものが映し出されている。
「これは――」
「なにかの
『二人のご令嬢――お聞きになっているかな?』
明らかに語りかけてきている
「この声は!」
「さっき、ニコルの首筋に
サフィーナのエメラルドグリーンの瞳が怒りに燃えていた。
『これは、キミたちがいう銃の山の
円柱の根元の手前に、青い光点が
『塔全体の中央部には
塔のほぼ最上階に赤い光点が灯った。
『愛しのニコルくんを返してほしければ、百十九階まで上がってきたまえ。ここまで無事に到達できれば、綺麗な体でお返ししよう。それまでは彼の
塔の上に、これも光で構成されたもう一つの物体が表示された。砂時計の形をしたそれは、上に六桁の数字を
『制限時間は、今からちょうど三十時間だ』
数字が勢いよく減り始める。残り時間を示しているのか、秒単位でそれは
『塔の内部は複雑な迷路になっている。各階には警備の機械をたくさん
「ちゅ……中ボス?」
『強敵ってことかな。残り時間が
「
『美しい彼には、さぞかしウェディングドレスが似合いそうだ。ボクは美しいものが好きなんでね。美しいものを美しく飾り付けたいと思うのは、美を解するものの共通の想いだろう』
「……やだ、ニコルのウェディングドレス姿は、ちょっと見たい」
「サフィーナぁっ!」
ごめんなさい、とサフィーナが頭を下げた。
『まあ、これがこの
「待って!」
塔の表示が消え、同時に声の気配も消えた。ただ砂時計と刻々と数を減らし続ける残り時間の数字だけが消えない。幻のように映し出される砂時計も、
成功する条件と失敗する条件――規則は、取りあえず飲み込めた。
だが、説明されていないことがひとつあった。
「――なんのために、こんなことをさせようとするのよ!」
「行きましょう、リルル。それはあいつを追い詰めて理由を聞けばすむことだわ」
サフィーナが歩を進める。ここで立ち
「とにかく、時間までに上にたどり着けばいい。会ってからたっぷり体に聞くわ」
「サフィーナ……」
「ウィルウィナ様も、フィルもクィルもスィルも、助けないといけないでしょう?」
「……そうね……」
リルルはうなずいた。こんな時、自分を支え
◇ ◇ ◇
「どうして、あの二人にこんなことをさせるんですか! 彼女たちがここまで上がって来られるはずはないでしょう! あの二人は
服を整えたニコルが
「ああ、キミはなにも知らない――いや、知らないことにしているんだったね。彼女たちは来るよ」
「無茶です! こんなの自殺行為だ! ……僕はどうなってもかまいません! ですから、エルフの一族のみなさんだけでも元に戻してあげてください! それで僕を好きにすればいいでしょう!」
「キミを好きにできるのは素敵な話だけどね。先ほどもいっただろう」
フェレスは
「ボクの目的は、あの二人がこの塔をどうやって上がってくるのか、それを見届けることにあるんだ。彼女たちにはその力がある。理由は、もうすぐわかると思うよ」
「――そうですか」
ニコルの目が少し離れたテーブル、その上に置かれた魔法のレイピアに向けられた。
ニコルの意思に従って矢の速度で宙を舞い、敵を切り刻むレイピアだ。できるだけ人を傷つけることは
剣の柄で後頭部を打つことで気絶させるか。取り押さえ首に刃を突き付ければ要求を通せるかも知れない。ここは――。
「そのレイピアは今、キミの思考では
ニコルの目が見開いた。レイピアに背中を
「特定の脳波を感知して
フェレスがニコルのレイピアを手に取った。本当に武装を完全に解除され、ニコルは心の中で唇を
「……事前に知ってたんですか」
「キミは優しいね。ボクを殺さないように
「――あなたを殺してしまえば、ウィルウィナ様たちを元に戻すことができなくなる恐れが……」
「それでも、急所を外して
フェレスの足が扉に向かう。メイド姿の少女はそれには付き従わず、両手をエプロンの前に組み軽く頭を下げてそれを見送ろうとしていた。
「
「かしこまりました、マスター」
「ニコルくん、このメイドを置いておくよ。ああ、念のためにいっておくが、彼女も人間じゃない。むしろボクより機械に近いかな。特に感情論理回路は
「僕は女性を利用したことなんてありません!」
「どちらかといえば、女性の方から利用されたがってるようだが。彼女には一応女性としての機能があるけれど、試してみるかい?」
「
「浮気には
「待ってください!」
目の前で左右に開いた扉を抜けて
「僕は今まで、善人から悪人まで本当に色々な人を見てきました。人を見る目はあるつもりです」
「――ふむ。それで、ニコルくんの人物眼には、ボクはどのように映るのかな?」
「……あなたは、悪人には見えません。少なくとも、自分の手で
「キミをこうして
「本当に、そんなことがしたくてやってるのですか。そうは思えないのです」
フェレスは
「――僕は、本当に様々な悪人の目を見てきました。目の前の人間を
「ボクは人間ではない、といったろう。似せて造られた人形だ。キミは人形の目を信じるのかい?」
「あなたは人間です」
フェレスの
「僕はそう信じます」
ニコルとフェレスの視線が真正面からぶつかり合い、見えない火花が聞こえない音を散らした。
「……嬉しい言葉だね。でもオマケはしてあげないよ。ではニコルくん、くつろいでいてくれたまえ」
絡んだ視線を
「――ボクが人間、か……。データには、誰もが彼に好意を持つとあったんだが、まいったな……ボクも彼を好きになりそうにある……」
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