第五部「銃の山と温泉と庭師の塔」
プロローグ
「滅びの管理者・庭師」
「この世界は
そこは、半球体の舞台だった。
完全な球面状に
そんな、
「ボクは滅亡を管理しているんだ」
「……変わったものを管理しているのね?」
「変わっている? そうは思わないな」
球面の内側に取り込まれた二人がほぼ中心に位置する
二人の会話以外は音の生じない、そこは
「滅亡は、誰もが
球面の内壁は、闇の色をした黒に淡い青を混ぜ込んだ色に
星のようだ、と長い緑の髪を背中の最後まで
「エルフだって千年は生きないわ。せいぜいが七百年よ。千年というのは、
「それでも長生きだ。――そんな長命の一族の一員として、不思議に思ったことはないかい」
向かいの椅子に座っている長身の人物が笑う。
不思議な
ただ、美しかった。
理想だけを
「
「……こんな場所で
「キミの一族はもう、数千年の歴史を
「……ええ、そうね」
「なら、人類史も同じだけの時を過ごしていると考えて
「それは……」
いわれてみれば、不思議だと思う
不便から問題点を探り出し、それを解決する気付きを
「答えをいってしまおう。それは、定期的に技術を元の水準に戻しているからだ。一から九まで進み、十に行く前に一に戻す。また九に進んだところを一に戻す……十にはさせない、この
「技術を元に戻すって……どうやって」
「滅亡によって」
美しい人が、
「知らなかったかい。この世界は何度も何度も滅んでいるんだよ。それは数千年、数万年ごとに行われる。滅び、再生し、滅び、再生する……それこそ、人が一生に経験する眠りの数に似ているね」
「この世界が……何度も、何度も?」
森の民の少女は立ち上がっていた。そんな
世界、というのはすなわち、文明のことなのか。進んだ文明を武器にする人間が対象なのか。
「ボクは
美しい人――庭師は、
「花というよりは、食虫植物に近いかな。驚くほど増える、いうことは聞かない、他の種族を荒らす。まったくもって
白く長い指が器用に打ち合わされ、乾いた音が響く。それに呼応して二人が座っている以外、全ての座席が水面に沈むかのように床に吸われて消えた。
代わりに、十数個の球体が骨組みだけの台座に支えられて現れる。それらは皆一様に、大人がふたりで一抱えできるくらいの大きさだった。
「見たまえ、これだ」
そのうちのひとつに導かれて、エルフの少女は球体の
「これは星だよ」
「……これが?」
「そう。星で、世界だ。――とはいってもこれは今、ボクたちが立っている世界じゃない。キミは、キミたちは認識できないだろうけれど、世界はひとつではないんだよ。
少女は首を横に振った。
「宇宙は無数にあり、宇宙の数だけ世界はあるんだ。ボクはその中でいくつかの世界の管理に
「――
「この世界の人間は特にどうしようもないらしくてね。魔法が存在していないのに、科学技術だけで魔法と変わらない水準まで
庭師の細い指が球体に触れた。その腹が、巨大な大陸の東に狭い海を
球体の表面が投影するものが、星の
銀色の巨大な鳥が高空を飛んでいた。
エルフの少女が立ち位置を変えると、その映像は自在に視点を変える。巨大な鳥――薄い雲さえ
「最初の投下は市街地か」
エルフの少女の背筋が、震えた。意味はよくわからない。しかし庭師の
「せめて、軍隊に落とすくらいの最低限のモラルはあると思っていたが……いや、無理だな、この世界の人間に期待するのは」
「――ねえ、これを消して、止めて。なにか、すごく悪いことが起きる気がするの」
「キミは見ていた方がいい。いや、見ておかなければならない」
それだけは
エルフの少女の予感は、当たった。
島から狭い海をまたぎ、市街地と
銀色の鳥がその腹を開き、巨大な黒い卵を産み落とした。
黒い卵は引力につかまれ、まっすぐ地上に向かって落下し――地面に激突するまでの少しの
黒い卵の中から、まさしく人工の太陽が現出した。
その誕生の瞬間に、地上に立つものは嵐という表現でも追いつかない爆圧で吹き飛ばされ、有機の全てを
老いか若きか、男か女か、人間か動物かも問われず、一切の差別なしに、
「最初の一秒で数百人が即死、十秒で千人が死に、一日で万人が息絶える――
ここで行われた
地獄絵図が生じさせている音の一切が聞こえて来ないのが、余計に恐怖を
「この世界はもうダメだな」
再び球面を叩く。星の全体の姿に戻る。指が乗せられた下のほんの小さな点が黒く染まっていた。
「時間速度を二億倍に速めて、シミュレートしろ」
「ああ……」
全てが完了するまで、一分とかからなかった。
「あの時点から約二百年か。予想的中確率、九十八・七パーセント……よく
指で球面を弾く。映像の全てが消え、それはただの黒い玉になった。
「
「――あなたの役割は、その破滅を防ぐこと? ……なら、なんでその大事な庭に、扱いにくい人間という花を毎回植えるの? 世界から人間をなくしてしまうということも、あなたならできるのでしょう?」
「――ボクは期待しているんだ、人間の
「可能性……?」
全てを突き放しているかのように語る人物の口から出た似つかわしくない言葉に、少女は
「無限の可能性だ。ひょっとしたら、ボクが頭の中で思い描くこともできないような美しい花を咲かせるかも知れない。その可能性を見出せるのは、常に変質しようとする人間しかいない。ボクはまだだが、本当に
庭師が上を向く。二人を閉じ込めている巨大な半球の内壁に、銀河の星々が投影されていた。
「ボクもそんな世界を見てみたい、
悲しさと寂しさが底にあり、しかし、愛しさもまた見える。そんな、色としてたとえられない笑みが庭師の
「……あなた、神なの?」
「ボクをそう呼ぶものもいる。間違いではないけれど、本質を突いているわけでもない。……さて、長々とした話になってしまったね。本題に戻ろうか」
「つまり、この世界も今見たあんな世界に至る気配が濃厚だから、滅ぼすというのね?」
「そうだ。この世界に再生の余地があるうちに、滅ぼしたい。――森の民のキミには、関係のないことだろう。だからボクの邪魔をするのはやめてくれないかな」
「お
少女が、いつの間にかその手に長い
「私、人間が好きなの。エルフは人間を毛嫌いするものだけれど、私は変わり者でね。あなたが人間の可能性を愛しているのと同じくらい、私も人間を愛しているわ。十三人いる愛人のためにも、あなたに手入れさせるわけにはいかない」
「……キミを説得するのは無理そうだね。なら」
庭師もまた、音もなく、手に背丈ほどの長さの
「話し合いはここで終わり」
戦いの気が満ちる。二人は向かいあった。
「戦い合いましょう。弱肉強食が世の
「やれやれ」
決して憎み合っているわけでもない二人が、それぞれの
「じゃあ」
「さようなら」
一呼吸をおいて、ふたりは、ぶつかり合った。
◇ ◇ ◇
「――ウィル!」
「えっ」
明かりが落とされた夜の部屋、寝台の布団の中で細い
「どうしたの、ひどくうなされていたわ。悪い夢でも見た?」
振り返ると、三つ編みをほどいて髪を下ろした二十歳前後と見える女性、ミーネが、窓から入り込む赤い薄い明かりにそばかすが浮いた
「……ええ。昔の夢を見ていたの。少し怖い夢だったわ……」
「ウィルの昔? 何百年も前のお話なの?」
「そうね……」
人間と対立し、人間を
現時点では、ただ一人の愛人である女性、画家志望のミーネと
「……ねぇ、この赤い光、なにかしら? 火事?」
街灯の青白い光とは明らかに違う、炎の色を薄めたような光に気づいたミーネが声を上げ、小さな電撃を身に受けたかのようにウィルウィナは窓に
記憶に触る炎の色に、
「――あ」
火事ではなかった。
南西を向いている窓から見えたのは、街並みと城壁の向こう、その先に広がっている海の
「……あれは、庭師の塔の光……」
「ウィル?」
か細く
「わ、いつもと反対じゃない。あたしの方が甘える方なのに」
「ごめんなさい、ミーネ。今夜は私を抱きしめていて。怖いの」
「震えちゃって。でも弱気なウィルも可愛い。――ずっと抱きしめていてあげるからね、よしよし」
冗談ではなく、幼い子供のように震え続けるウィルウィナの肌を細い体で包むミーネは、満足げな顔で目を閉じる。が、それでもウィルウィナの
――そうだ、五百年の昔、自分は仲間と共に世界を救った。
いや、これは
自分たちは、世界を
それが、意味するところは――。
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