「騎士のキズナ、ニコルとラシェット」(その七)
「――あのあとも、俺がちょうどこの病室に運び込まれて、お前が
「……そうですね」
二人は、長い回想の旅から帰ってきた。
軍病院の病室で、病人と
「お前と組んで病院に運ばれるのはこれで三回目だな、ははは」
「……すみません、いつもいつも、先輩にケガをさせてしまって」
「俺がドジなだけだ。それはそうと……ニコル」
「はい」
「俺が運び込まれてからだな、その」
どこか
「……まだ、先輩の家の方々は、お見えになっておられません」
「……そうか」
予想通りという
「末の息子や兄弟が重傷を
「……先輩、差し出がましいようですが、先輩はその、ご家族とは……」
「西部方面隊にいる
「貴族とはいえ、
「ですが、先輩はこっちに来てからは
「今までの
「そんな……」
「まあ、いいさ。仕方ないことを
カツ、カツ、カツ! と乾いた鋭い音が扉を
急速に近づいてきた音はこの病室の前で止まる。ほとんど反射的にニコルの腰が浮いていた。
一呼吸置く間もなく扉が乱暴に開け放たれ、扉の向こうから現れたその姿に、ニコルの顔に
「――ニコル! ニコルや!」
知らない顔ではないその姿に、ラシェットが思わず身を起こそうとし、引きつるように走った痛みに小さい悲鳴を上げてそのまま
「――
「ああ、こんなところに! ニコル、無事なのですか!」
貴婦人の
「お前が一向に我が家に訪れないので心配し、居場所を警備騎士団に問い
ばっ! と体を離すやエメス夫人はニコルの顔に指を当ててその肌を調べ出す。虫眼鏡を使っていないのが不思議なくらいの念の入りようだった。
「お母様、ニコルは無事です。ケガひとつしておりません。ご案じくださいませぬよう」
「そ……それならいいのですが……。今夜は、前々からどうしてもといっていた
「すみません、任務に続き色々ありまして、
「王国のため王都のため、
エメス夫人が、今まで声と共に
「……ニコル、お前の
「お母様、あまり大きな声を立てられては。
「おや、そういえば。お前がいる場所を探すので頭がいっぱいで、気づきませんでした――こちらの方は、どなたか?」
目の前で公爵夫人が巻き起こす迫力に
「お母様、いつもお話ししている方です。僕の先輩に当たる――」
「この方がラシェット・ヴィン・ストラート殿、ストラート男爵の
「え?」
ラシェットは目を
「ストラート先輩は僕をかばって負傷されたのです。昨夜の
「まあ!」
夫人の顔が輝く。さほど明るくない部屋が本当に一瞬、光で満ちあふれたかと
「我が息子の命を、その
「いえ、自分は、任務を果たしたまででして」
ニコルの体を半ば押しのけるように、夫人の体がズッ、と前に押し寄せた。
「それで、
「さ……幸い、それほどの深手ではなく、命に全く別状はないとのことで……」
「それはよかった!」
布団の上に置かれていたラシェットの手を、エメス夫人の白く長い指がかき抱くように
「――ニコルが会う
ラシェットは言葉も出なかった。自分のいない場で、ニコルはそんなことをいってくれているのか。
「このことは夫のゴーダム公爵の名前で、すぐに
ラシェットの手を放し、
「――男同士、男でしかできない話もありましょう。母はここで消えます。ラシェット殿、お身体の方、どうかご自愛なさいますように!」
舌の上で転がる笑い声を残し、
「――失礼な物言いかも知れんが、なかなかすごいお母様だな……」
ニコルの顔に笑みが浮かぶ。困ったなというのが半分、照れたのが半分という笑いだった。
「お前も愛される体質らしいな」
「奥様はああいう方ですから。ですが、本当にいい奥様です」
「俺もお前を助けて得したことがあったよ」
「――なにをですか?」
「……ゴーダム公爵の感状を家族が受け取れば、少しは俺のことを見直してくれるんじゃないかってさ……」
「ああ……」
ラシェットは目を細めた。
「お前と一緒に一生懸命やってれば、いつか、本当にいいことがあるような気がするよ。……いや、もう
「なんですか?」
「お前のような、いい弟分を持てたってことさ。俺は下がいない末っ子だからな。――下っていうのは、嫌か?」
「いいえ」
ニコルが笑う。
今度は本当に裏も表もない、それを見る全ての人間の心を
「僕は一人っ子でしたから。兄弟が、お兄さんができたのは嬉しいです。――双子の妹みたいなのは、いるんですが」
「例のお嬢様か」
「ええ……」
少年の
自分が女だったら、真っ当惚れているようないいヤツなのにという複雑な想いに、ラシェットは微笑んだ。
「――多分、出世の方はお前の方が早いだろうな。ニコル、貴族になったら俺を騎士団長にしてくれよ。絶対だぞ」
「そんな……
「兄貴の頼みがなんで僭越なんだ。大人しくいうことを聞いていればいいんだ」
「はい……先輩、いいですか」
「なんだ?」
「昨日からあまり寝てなくて。少し眠らせてもらって、いいですか」
「お前、帰ってもいいんだぞ」
「いえ、取りあえず一眠りしたいんです」
ニコルはラシェットの返事も待たずラシェットの枕元に自分の腕を枕のように折って、頭を置いた。
目を閉じたニコルが数分とかからずに寝息を立て始め、その早さにラシェットは笑ってしまった。
「――ニコル、よろしくな」
返事はない。
ただ嬉しげな横顔を見せて眠るニコルの髪をひとつ
そんな二人の姿を、魔鉱石の明かりはなにもいわず、優しい光で祝福するかのように照らし続けていた。
「王都警備騎士団始末記――ニコルとラシェット」終わり
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