「騎士のキズナ、ニコルとラシェット」(その六)
巨漢の片腕に
「くぅ、うう、ぅ……!」
相手がいくらまだ少年の体格とはいえ、男一人を軽々と持ち上げてしまうその
息ができない。
確実に骨の何本かは
「クソ! まともな手だったら、このまま首をへし折ってやれるのに!」
顔の全部を
「ぐ……ぅっ!」
「フン!」
軽くはないはずの打撃を、頭目は意に介そうともしない。まるでよそ風に
「へなちょこめ。体重も乗らん蹴りだ。――首をへし折れないのなら、このまま岩にその頭を叩きつけてやる! 歳に似合わず腕は立つようだがな、
「はな……せ……!」
喉元を
「無駄な
河原の一角を占めている岩に
瞬時に理解できないその胸焼けに似た予感に、頭目の腕が止まる。その正体を確かめなければならないという本能が働き、次にそれは言葉となって脳に認識された。
「いない…………」
ここに流れ着いてきた、あのマヌケなガキが、いない!
「――あのガキは、どこに行った!」
「ここだ!」
背後からの声に、頭目は振り向くこともできなかった。
脇を
「……こいつ!?」
「――ははっ、残念だったな! ちゃんと
「うぐっ!」
背後に向けて
「う……くぅっ!!」
その
「まだやるか、チビ」
足りない酸素を求め、あえぐニコルに、今しがた片腕を失ったばかりの人間とは思えない余裕を見せて頭目は笑った。
「剣もなく、素手ではかなわないお前に勝ち目なんてない。が、どうせ降参なんてしないだろう。今度こそその体、地面に叩きつけて砕いてやる」
「――くっ!」
正面から
「無駄だ無駄だ。いくらでも殴れ。俺とお前じゃ、二倍以上は体重差がある。
顔面に打撃を受けながら、頭目は大口を開けて笑っていた。完全に
「なら――これでも
次に矢の速さで繰り出された
「もごっ!?」
手の平で口を
硬い鉄の感触と味、そしてわずかな
「な……んを……!?」
舌を回せなくなった頭目は代わりに目を回そうとしたが、ニコルの手が持っているものを見た途端、その眼球の動きが震えて、固定された。
一本のピンを指に引っかけたニコルが、
「――――!」
そのピンの意味を頭目が知ったのと、ニコルが体を投げ出すようにして
大量の砂を詰めた袋を数十個、一斉に思い切り地面に叩きつけるのに似た爆発音が轟き、頭目の
悲鳴の
頭目の頭が
首から上を失った
「し……し、死んだか……?」
爆音を最後に、鳥さえ
「これで起き上がったら、それこそ怖いですよ」
今まででも十分にバケモノじみた立ち振る舞いをしてくれたのだ。ピクリとも動かなくなった巨体を前にして、ようやく二人の緊張が雪のように溶けた。
「……大人しそうな顔をして、なかなか無茶しやがるな、お前は……」
「ありがとうございます」
「
「あはは」
「立てますか、先輩」
「……お前、どうして俺を助けに来た」
「えっ?」
「……俺のことを
「ご……誤解です!」
声が飛んだ。
「僕は仕返しを
「は――――」
今度は、ラシェットの方が目を点にする番だった。目をいっぱいに
それが全てのきっかけだった。
「――小身の新入りに過ぎない自分が、こんな
「お……おい、おいおい」
ラシェットが身を起こす。それだけで走る右腕の痛みに顔をしかめたラシェットの上体に、ニコルが手を
「俺にあんなことをいわれて、怒るなっていうのが無理な相談だ。俺はお前を怒らせて、一対一の試合に持ち込むのが目的だったんだ。……体でゴーダム公に取り入ったなんていわれりゃ、腹を立てないヤツなんていない」
「ですが」
「ニコル。俺はもう、お前がゴーダム公に
ニコルを見つめるラシェットの黒い瞳からはもう、
「お前は素直で、
「先輩も僕をかばってくれたじゃないですか。――もう、自分が首に
「なにいってんだ、お前なら楽勝だろうが……はは。俺は、お前を売ってまであの賊の足を
「ですが、僕は先輩を尊敬します。……僕も先輩を誤解していました」
「誤解なんかじゃないさ。俺はお前に思われたような、度量の小さい人間だ」
でもな、と呟き、ラシェットは天を
「……お前に尊敬されるっていうのは、気持ちのいいもんだ。お前に尊敬されるような騎士を目指すのも、悪くないな」
「……はは」
「ははは」
「ははははは」
ふたり、さざ波のように笑い合う。心と心が合わさった、確かめ合わずともそんな感触があった。
「――先輩、肩を貸します」
「大丈夫だ。足は無事なんだから歩ける。先輩に意地を張らせろよ……ニコル」
「はい」
ラシェットは立った。ニコルを体の正面に
「私の名はラシェット・ヴィン・ストラート。ストラート男爵家の、男七人、女六人兄弟の末っ子だ。貴公の勇気に助けられた。――感謝する」
「……僕の名はニコル・アーダディス。お名乗りをいただき光栄です。以後――」
「以後、よろしく頼むぜ、後輩――あてててて!」
「大丈夫ですか、先輩!」
「大丈夫じゃない。ニコル、お前の馬に乗せてくれ。この腕じゃ、
「僕が馬を引かせてもらいますよ。任せてください、先輩」
「ああ――」
ラシェットは、笑った。
この数年で、いや、生まれてきてからいちばん気持ちのいい、
「頼りにしてるぜ――相棒!」
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