「騎士のキズナ、ニコルとラシェット」(その五)
「テメェ!」
ラシェットが
「この野郎! 俺たちのことを知らせるなといっただろうが!」
「ば……馬鹿にするなよ、この
大きな手がラシェットの
「ストラートの家はな、
「このクソガキ!」
「ぐぅ、ぅ……!」
「おい、
手下の一人が、両手で抱えた斧を頭目に手渡した。刃が小型の盾ほどはある重い斧を、大木の
「仲間をぶち殺したら、お前は特に可愛がって殺してやる。そこで見物してろ」
手下の男たちに体を押さえ込まれて天を
「ぐ、ぅぅ…………!」
「
頭目のギラついた瞳が
「ニ……ニコル…………!!」
その
ラシェットのすぐ背後、手を
「――なんだ!?」
斧を掲げたまま体を止めてしまった頭目に、人の形をした一陣の風が
輝く
「ニコル!?」
ラシェットが目を
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ぐぁあ!」
「ゲフッ!」
「先輩! 遅くなりました!」
「お前……どうして川の中から、じゃあ……!」
五秒もかからなかっただろう。一人が即死、一人が喉から血を噴き上げて意識を失い、頭目たる巨漢が腕を切断されて転がっている様を見せつけられていた盗賊たち、その中でまだいくらか冷静な一人が、馬が近づいて来ていると全員が確信した方向に指を向ける。
「あれは……あの馬に乗っているじゃなかったのか、テメエは……!」
「あれ? ……ああ、あれか」
「――
「空、だと……」
盗賊の
――誰も、その背に
「あの馬を
「こんな静かな森の中、あれだけ大きな声を出せば聞こえる。声を殺していたつもりだったらしいが、がなり声がわあわあ聞こえていたよ。君たちは
「観念しろ、だと? おい、
片腕にも関わらず、先を切断された腕に自分で器用に布をきつく巻き付けて止血を
「観念するのはテメェだ。四十人以上いるんだぞ、こっちは……一人助けるためにノコノコ自分だけでやってきたのか、馬鹿が。二人まとめて切り刻んでやる」
ラシェットをかばうように立ちはだかったニコルが、片手で持った剣をまっすぐに伸ばし、自分たちを半包囲した盗賊たちに対した。その後ろが川しかないということを加味すれば、包囲の輪は完全に閉じている。逃げるとすれば、川に飛び込む以外はないが――。
「ニコル、俺を置いていけ。川に飛び込んでも、この腕じゃ泳げない。俺がやられてる間に、お前だけでも……」
「そんなことだったら、最初から助けになんて来ません。……先輩、
「
顔色をひとつも変えていないニコルはもう、反応しなかった。腰の
「――おい、テメェ、なんだそれは!」
「今にわかる。……フィルに昔もらったものだから、
「なにをグズグズしてる!
頭目の
「が――――!?」
煙幕とは
「なんだ! なにも見えねえ!」
目を開けているのに、目を閉じている以上の暗い闇にその場の全員が飲み込まれていた。
「どこだ、ガキども! そこだな!」
「ぐああ!」
知った声が斬りかかり、知った声が悲鳴を上げる。
「馬鹿か、お前ら! 相手もわからないのに攻撃するな! 同士討ちだろ!」
頭目の頭の中で絶望が渦巻く。自分たちは相手を確認しないと敵か味方などはわからないが、あのラシェットとかいう小僧が倒れている限りは、川から飛び出して来たチビにとっては、立っている者の全員が敵なのだ。
「見えないところ、本当に悪いけれど――僕は、斬りかからせてもらうよ」
盗賊たちの背中を
「ぎゃあっ!」「ぐふっ!」「いでぇ!」「がは……っ!」
人と人の
「ち……!!」
地面にへたり込んだまま身を伏せる頭目は、士気からして
筒がひとつ、なにか怪しいものを噴き出しただけで、自分が手塩にかけた盗賊団は
ここまで規模を大きくするのに数年。この
「く、く、く、くそう…………!!」
一帯を包んでいた濃密な闇も、一分と
残った最後の闇を風が払い、視界の全てを光の中に復帰させたそこには、無数の死が転がっていた。
「ぐ、うう、う…………!!」
たいていは太い動脈を斬り裂かれ、急速な失血死を
まだ死にきれない重傷者の
「僕が斬ったのは、十人に満たなかったはずだ。なのに」
「テメェが同士討ちさせたんだろうが!」
頭目が立ち上がる。右腕からはまだ血が
「ゆ……許さねぇ。俺の仲間を、皆殺しにしやがって」
「罪なき民を傷つけ、好き放題に
「投降すればどうなるんだ! どうせ
「――ガキが!」
ニコルの頭をかじれるかのような大きな口を開け、頭目は
「っ!」
天が落ちてくるような重い一撃がニコルの頭目がけて振り落とされる。ニコルはそれに剣をぶつけて軌道を
「なにっ!?」
剣が
大きな砂利の大地に食い込んだ戦斧、それを握る頭目の手をニコルが蹴る。
「づぅっ!」
蹴られた手がひしゃげるような音を立て、戦斧の柄が手から離れた。骨の数本が折られた感触に、頭目の脳内で興奮を
「――利き腕でない方の片腕じゃ、こんなものかよ!」
「剣が……!」
「――だがな、小僧!」
頭目の巨大な手がそれでもニコルに迫る。まさかそんな手で――一瞬の
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