「エルフメイド・フィルフィナの華麗な一日」(深夜・その一)
――布団の中。
寝付けなさの中で
「――――」
全ての家事とこの一日にやらなければならないことの全てを終えて、朝目覚めたこのメイド部屋に戻り、寝台に入り布団の中にくるまっている。そのまま目を閉じていればやがて眠りに入り、気が付けば明日の朝を迎えているはずだ。
その気になれば、この体はどこでも眠ることができる。体にかける毛布の一枚がなくても、屋根も壁もない屋外で野営をするくらいの体力も技術も持っている。
なのに、眠れない。
神経が
「ああ……」
頭の一番奥が
壁に耳を当て、向こうの気配を探る。もしかしたらまた、自分の知らない間にリルルがリロットとして事件を解決しに出かけているのではないかという予感が
だが、フィルフィナの鋭い
「――さすがに、連日連夜ということはないですか……」
困っている人を見つければ、その背後関係をロクに調べもせずに突っ込んでいく――いつか大変な目に
それを取り上げてしまえばリルルは自分の身を守れなくなるかも知れないし、取り上げたところで人助けに突き進んでいくのをやめはしないのだ。なにより、リルルの弱き者に手を差し
――自分も、その心に救われた者のひとりなのだから。
「――――うう……」
そんな冷え込んでいるというのでもないのに、
一滴の光もない、闇だけが視界の全てを占めるこの空間。
そんな中。寝台の上でひとり体を起こしていると、いつもは感じないはずの
今日の自分は、本当におかしい。いつもの生活の
「お……お嬢様……」
体の中心に向かって自分を圧縮してしまおうという引力に似たものを感じ、フィルフィナはうめいた。
リルルと一日一緒にいなかったくらいで、自分はこんなに変調を来してしまうのか。
そうだとしたら、それは
「リ……リルル……」
縮まる心から
この感触は、知っている。覚えがある。
「こ、これは……これは……」
これは、十年前――嫌というほど感じた、あの時の感触だ。
降りしきる止まない雨、冷え切った
このまま、誰にも救われないと絶望して。ひとりのまま消えてしまうのかと希望の全てを
「リ……リルル……!」
キィ……と
「――フィル?」
「あ…………」
青白い光が部屋の中に
「お、お嬢様……」
まるで、あの日のままだった。
戦いの中、仲間の全てとはぐれ、たったひとりとなって王都に落ち延びてきた自分。
この少女は、見つけてくれた。なんの呼びかけもしなかったのに。
「どうしたの、フィル。そんなに泣いて……」
「泣いて……?」
いわれてから気づく。自分の両の頬が、涙に
「どこか痛いの?」
「いえ、
「そうなの? ――じゃあ、フィル」
ほんの少し。
ほんの少しだけ、思案顔を見せて。
「
「……お嬢様?」
「半年ぶりかしら?」
リルルは、
「一緒に、寝ましょう」
◇ ◇ ◇
「し……失礼します……」
リルルの寝室。
窓からうっすらと月光が入り込んでくるだけの暗い部屋。
「なにを
「わたしは、メイドですから。主人のお布団に一緒になるのは、気が引けるんです……」
「その主人を遠慮なく投げ飛ばすとかしておいて、
「そ、それとこれとは、話が別です」
「ふふふ」
「お嬢様……今は自分が有利だからって、調子に乗ってると明日が
「ふふふふ」
もう、とフィルフィナは
「フィル、そんな
「いいんです。どうせわたしはいじけるエルフなんです。端っこがよく似合うんです」
「なにを
「あ」
リルルの手がフィルフィナの肩に
まるで、割れた皿の破片同士が元の形に合わせられるかのように、ふたりの体はぴたりと収まった。
「――お……お嬢様」
少女の首筋からほのかに
「あなたは私の友達で、相棒で、家族なのよ。それを忘れないで」
「リルル……」
「それで、フィル」
リルルの手がフィルフィナの頭にかかる。髪の流れに逆らわないようにその手が
「なにを泣いていたの?」
「わたしは……」
なにを泣いていたのだろう、自分は。
涙の川の源流を確かめるように、フィルフィナは自分の心の中に分け入り始める。
今夜は、そうしなければとても眠れないようだった。
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