第04話「剣舞は王都で荒れ狂う」
「退路、断たれる」
エヴァレーは朝のお茶を楽しんでいた。
テーブルの上にはお茶のセットと焼き菓子、その脇には一冊の本が広げられている――
学者が所蔵するような専門書を
楽しくないはずがない。それは幼いエヴァレーが図書館で触れた、最初の地学に関する本だったからだ。
それほど厚くない一冊、ページを
次は分厚い本だった。先ほどの本の十冊分を軽く超える厚さだ。
『地質学原理』。
それも、エヴァレーにとっては特別な一冊だった。
なにせこの本を買いたくて祖父に初めてのおねだりをし、それに
祖父が死んだ後、この本を堂々と買えた時の喜びは、よく覚えている。世界が
もう何百回目を通したかわからないその一冊を、不本意ながらも
もう時間がない。この調子でも最後までは読めないだろう。
頭に
壁時計が重い音を響かせた。
「――時間か……」
心残りを覚えながら本を閉る。パタン、と
エヴァレーは
それだけに
「ごめんなさいね……」
図書館に
それに、きっと――その図書館まで無事ではすまなくなることになるのだから。
「まさか、
意を決した。本棚をつかみ、乱暴に前に揺らす。大きな
そしてエヴァレーは、想い出の二冊をその山の頂上に置いた。
「く…………」
載せた瞬間に、心が刺すように痛んだ。
部屋の
部屋の中が
エヴァレーはバルコニーに出た。手首の黒い腕輪から拳銃を取り出すとそれを片手で構え、銃口を部屋の中に築かれた本の山に向ける。
引き金に、細い指をそっと、
「……もしも、
人差し指に力を込める。その引き金は、とてつもなく重かった。
「許して」
涙の気配に重なって銃声が
◇ ◇ ◇
ザージャス公爵邸は、
屋敷に詰めている使用人や騎士たちが
それが沈む船から逃げ出すというネズミの群れに見えて、隣の邸宅の
自分が住み慣れた屋敷が猛炎に包まれているのにも関わらず、
「おい、
「通りが炎を阻んでくれると思いたいが、飛び火もある! 全員を見張りに立たせろ! なんとしても燃え移るのは
エヴァレーの足の下で、
「さようなら、エヴァレー・ヴィン・ザージャス……ザージャス公爵令嬢! ――もう、
高層建築物が邪魔さえしなければ、王都のどこからでも観測できるほどに太い黒煙の柱が天高く
◇ ◇ ◇
王都の
最も
その細さ
しかし、この海峡を抜けなければ大陸の
メルディス王国の主要港・ファウスを出港した定期連絡貨客船『グヌスタ二世号』は、全速であれば王都エルカリナまであと一日という
足止めといっても、ただ海の上に浮かんでいるわけではない。順番待ちの船は船着き場に誘導され、通行許可が下りるまでの短い
グヌスタ二世号に海峡通過の許可が下り、
船の先頭に回った
いかにも役人という風情の堅い制服とタイトスカートに身を包む女性の姿に、水夫たちが目を
今まさに収納される最中のタラップにその女性は大胆にも飛び乗ると、一気に甲板まで
「あんた! 勝手に乗り込んで来て! 危ないだろうが!」
「海峡管理局公安部の者です!」
「船長に会いたい! この船に国際指名手配犯が乗船しているとの情報を受け、
「困りますな! 危険な乗り込みは!」
「海峡管理局の職員には、この海峡内であれば船の責任者の許可を受けずに立ち入る権限があります!」
「いや、それは承知だ。私は乗り込みの仕方のことをいっている」
海の男となって三十年の船長も色んな事件に出くわしてきたが、桟橋から上がったタラップに飛び移ってきた人間を見たのは初めてだった。
「とにかく、火急の用件なのです。この写真の四名がこの船に乗船しているらしいという情報が入りました。速やかに
「それはやぶさかではないが……」
船はまさに海峡を通り抜けるために動いている。一時間と少しは自力航行もままならない――確かに、捜査に協力する余裕はないことはない、船長は頭の裏で考えた。
元々行程は少し遅れている。あと半日、王都への到着が遅れることによる
「……まあ、取り調べのために出口で足止めを食らうのも、それは
「結構です」
◇ ◇ ◇
甲板のひとつ下に開けた
なお、ここより湿気がひどく息苦しい客室――三等乗客のための部屋――は、もう一つ下の階層にある。
今から、密航者が
「どうやら俺たちを探しているらしいな」
首を
「脱出だ。荷物を回収するぞ。武器もそうだし、
「……
茶色のフードを顔も見えないほどに深く
「よし、行け。曳船を乗っ取る。そこで合流だ」
「曳船を?」
先が細長く
「乗っ取ったら鉄線を切り離して逃亡だ。こんな船は海峡内では速度も出せないしな。――マハ、お前が魔法で
「まあ、そりゃあね」
「いざとなれば僕が
細長い枯れ木を思わせる印象を見せる体型――極端に
自分が驚かせば、といってはいるが、よほどの意表を突かなければ、子供一人びっくりさせるのは難しいようにしか見えなかった。
「いったんバラけるぞ。五分後に一斉に曳船に飛び乗る。呼吸を合わせろ。それまで上手く時間を
四人は、一斉に腰を上げた。
◇ ◇ ◇
スィルと呼ばれた背の低い少女は、人の流れに逆らいながら
案の定、というか当然その部屋は厳重に
「っ!」
横合いの暗がりから
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