「リルルとカデル」
激闘の中に、薄桃色のドレスの少女はあった。
「――――えっ!?」
山が
その時だった。
まるで小さな城のそのものにも見える頭が、上方に向けて持ち上げられた。
「きゃああああっ!」
魔法のメガネを通していなければ、失明が
「うくっ!」
瞬時の気絶を
全ての色と形が消し飛んでいた視覚が、回復してくる。自分の目が見えなくなったことを
「――――敵!?」
脚の付け根に設置されていた城門と
まだ開ききらないその扉から、虫の巣をつついたかのように無数の影が飛び出してくるのが見えたのだ。
「――なに、こいつら!?」
リルルは目撃していなかったが、それらは、地上でエルカリナ王城を襲撃しようとしていた闇騎士と同類の魔物たちだった。
ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ…………。
光の一切を吸い込む闇の色をした騎士たちが、その
遠目に見て五百、いや、六百、七百……それ以上!
数を数えることも
鎧騎士たちの津波がゆっくりと押し寄せてくるようだ――瞬きを忘れた目を見開きながら、リルルは手袋の下で汗を
「
今まで相手にしてきた『敵』とは、その次元を
「ふ……ふ、ふふふ…………」
恐怖は、あった。
それでも、
「お――面白いじゃない!」
その全長の全てを光り輝かせたムチを
「たぁぁぁぁぁぁ――――――――!!」
長さ十メルトの細く伸びる刃となったムチが振るわれ、その間合いに入るものの全てが、
切り
「道を……道を開けなさぁぁぁぁぁいっ!」
肩からもげるのではないかというように激しく腕を振り回し、腰をひねり、足を
技も技術もなにもない。群がってくるハエの大群を、腕を振り回して払うのにそれは似ていたかも知れない。
「このォ、このォ、このォ、このォ――――!!」
リルルが振り回すムチが荒れ
最も
破壊の
「はぁっ……はあっ、はぁっ、はあ…………!!」
時間の経過と共に、リルルの体内で着実に疲労は増し、関節を重く
「は……ぁ、ああ……!」
「の……喉が……喉が焼け…………る……!」
口を開けた途端に喉の奥が乾きにへばりつき、リルルは考えるよりも早く右手首の黒い腕輪から水筒を取り出し、
「っ!」
空になったそれを、勢いのまま投げ捨てる。
「りゅ……竜は……」
竜は……停止したままだった。
光の柱を吐き出して首を戻したまま、一歩も動いてはいないようだった。
さらに上を見る。ただ『無』が続くだけのはるか上層に、一点だけ青さが見えた。
陽の光も届かないほどの遠く高い、向こう。あれは空と……それを囲む海か……。
「っ!」
リルルの
「…………!」
今の今までへたりこんでいた場所に、光の刃が撃ち込まれていた。判断が、いや、行動が半秒遅れていれば、命はなかったという確信にまた、神経の全てが凍った。
「――あの
そこにいる、というリルルの予想を超えた上に、
「まったく、大した娘だ。小娘と
「――それには
手も足も出ないまま、窓の
フェーゲットの森の奥にそびえていたヴォルテール
「大人しく降伏しなさい! 全てを
「――もしかしてお前は、自分が優位に立っていると思っているのか?
心底に同情する目が、リルルを高みから見下ろしていた。
「私は貴様が持っているものを回収しに来ただけに過ぎない。持っているのだろう、
「っ!」
反射的にリルルが自分の胸元に手を当てた。ダークエルフの攻撃に
「あれがなくても私の目的は達するが、手元に置いていた方がより確実なのでな。いただきに参上した。大人しく渡せば、殺しはしない――殺す以外のことは、全てさせてもらうが」
「渡せるものですか!」
リルルはムチを捨てた。黒の腕輪からレイピアを引き出し、そのまま
「聞かされているのよ。私が持っている宝玉とあなたが持っている宝玉! その三つを使えば、その竜を止められるんでしょう!」
「そして同時に、この竜の真の力を起動させる鍵でもある。鍵は、扉を閉じることも、開くこともできる――渡せ。手間はかけたくない」
「腕ずくで
レイピアを振る。銀の腕輪から供給された力がレイピアに伝わり、その刃を
「あなたの目的なんて知らないけれど。とんでもないことに決まっている! あなたのせいで、いったい何人が死んだと思っているの! そして、これからも大勢を殺すつもりなんでしょう!」
「罪を犯した者は、裁かれるのだよ」
深い色、光のない世界の色を思わせる瞳にリルルは心が吸い込まれそうになる。歯を食いしばってその引力に耐える。
「罪深き者ども。王都に住んでいること、この国で生きていること、
「わけのわからないことを――」
「貴様が理解する必要はない。聞く耳は持たないようだな」
白髪の少年、カデル・ヴィン・ヴォルテールが右手を水平にまっすぐ持ち上げた。身構えたリルルの視界の中で、カデルの周囲にいくつもの光るものが浮かび上がる。
最初に放ってきた光の刃か、と身構えたリルルに、それは矢の速さで一斉に襲いかかってきた。
「ぅっ!」
集団で
「ふん? 面白いオモチャを持っているようだな」
「オモチャではないわ! 私は人を殺さない、殺したくない! でもね、それは自分の命より優先されるものじゃないのよ!」
「私を殺せるとでも思っているのか?」
カデルが再び、自分の周囲に光の刃を生み出した――数は、さっきの倍近く!
「いくらでも、作れるというの……!?」
「どこまで耐えられるかな」
カデルが軽く手を振ったのに応え、光の刃が矢の速度で走った。
いくつもの輝きの
リルルもまた、黒い腕輪から直接右手に出した
「行けっ! カード!」
自分自身の意思によって飛ぶかのような軌跡を描き、輝きを帯びたカードが光の刃を迎撃する。
「うくっ!」
「そんなもので全部を防げるわけがないだろう。このまま続けて、死ぬか? 私としてはコナスをいたぶる材料として、貴様を使うつもりだったがな」
「あなた、コナス様を!」
「
「――あなたを倒して、コナス様を救い出すまでよ!」
またもカデルの周囲に光の刃が現れた。が、その数は少ない。わずかに六つに過ぎない。
あれで打ち止めなのか。あの攻撃をなんとかしのぎきり、カードを投げつければ勝機は
「――六つくらいなら、どうにでもなる!」
リルルの足が、地面を
◇ ◇ ◇
「始まっている……!」
肩を貸し合い、疲れ切った体を引きずるように歩くニコルとフィルフィナは、停止したまま動かなくなった竜の要塞と、その足元できらめいている光の攻防を目撃していた。
距離は……遠い。光と光がぶつかり合って、
「……ニコル様、走れますか」
「僕はなんとか大丈夫。フィルこそ」
「……わたしは足手まといです。ニコル様、フィルはいいですから、先に行かれてください」
肩を組んでいた腕をほどく。フィルフィナがその場にへたり込んだ。
「ニコル様……わたしの分までお願いします。彼女を助けて……」
「わかった。フィル――必ず追いついてくるんだよ!」
「もちろんです……」
最後、不安な顔を見せてニコルが駆け出した。その背中を見送り、フィルフィナは地面にうつ伏せに倒れた。
「ど……毒を
怠い
「フィルフィナ……だらしがない。こんなことでは、お嬢様専属メイドの名前が泣きますよ……!」
地面をつかむ。体重を支えてくれるかどうか
「お嬢様、フィルフィナが今、参りますからね……」
最期、死ぬならばリルルの盾になって死にたい――その望みを果たすためにも、今ここで
もう歩きたくないと声を上げる両の足の訴えを無視し、フィルフィナは一歩一歩、歩を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます