「青と、赤と、偽りと」
王都の港を
船の後部で水を
自分一人を運ぶために
航行自体は順調だった。
帆船よりは揺れが少ない船ではあるが、母のハーベティは出港後わずか数時間で
「ま、母上の
たまたま船に積んでいた高級
暗い部屋でたった一人で飲む高級酒は、少しも
「……同好会の三人との飲み会、楽しかったなぁ」
もう何度
「今まで飲んだことのないような安酒だったけど、美味かったなぁ。
寝室にまで暗殺者が乗り込んでくるような王都に
それに。
「……リルルちゃん、手紙を受け取れたかな。大丈夫だとは思うけれどな」
五人目の婚約者。写真で一目見て好きになった。しかしもう、歳が離れすぎている――下手をすれば父と娘としても成立してしまう年齢差なのだ。立派な中年の自分を少女が心から愛してくれるなどということは期待していない。だが、嫌いになられるのも
どこからどう見ても、親の
彼女が恋人と愛し合って、それで笑顔でいてくれるのなら、それでいい。こちらに愛情が向かないとしても、せめて好意があれば十分だ。彼女は、同じ屋敷に住む友人――
「――立場と権力に任せて女の子を欲望のままに支配しようなんていうのは、悪者の発想だ。快傑令嬢に退治される人間の考えだ。僕は快傑令嬢を愛するから、そんなことはしない。それが彼女を真に愛するということなんだ」
もちろん、人間としての生物的な欲求が頭をかすめないわけはない。だが、それを理性で打ち消せるのも、いや、理性で打ち消すからこそ人間なのだ。理性が働かない人間は、人間と呼ぶに
「早く問題が解決して、みんなに会いたいなぁ……。ヒィリーもデュリーたちもできたら呼び戻して、元の暮らしにしたい。みんな……みんな仲良く、笑顔で、楽しく――」
少しも酔えない酒をまた少しずつ口の中に
右の
「ううっ……!!」
突然の熱、熱さにコナスはグラスを取り落とした。
「なん……だ、なんだ、これは……!!」
右目を手で
「だ……
「あれは――――!!」
明らかに王都エルカリナの方角だった。
鮮やかな炎の色をした柱が一条、天から降っているのか? 地から伸びているのか――?
雲を
誰もが理解できないその光景に、船員が、乗員たちが
視界の中で十数秒輝いていたそれは、やがて力
いや、誰もが理解できない、というのは
この中で、その光のわけを唯一理解できている人間――コナス・ヴィン・ベクトラル伯が、全身の
「あれは、まさか――いや、そうに違いない……! だが、何故だ。
光が消え失せると同時に、顔の半面の激しいうずきもおさまった。だが、これらの現象が意味することにコナスの心は冷え切っている。
「船長! 船長はどこだ!」
手すりにつかまりながらコナスは立ち上がった。今までに発したことのない
「――伯爵様、なにか……」
想像の外のものを目撃してしまって混乱する船員たちの
「すぐにこの船を引き返させたまえ! 王都に――王都エルカリナに急いで引き返すんだ!」
「ですが、もう目的地は見えております。いったんここは寄港して」
「ならん!
周囲――王都から連れてきた家来たちが顔色を変えていた。
「ですが……」
「急げ! 金ならいくらでも言い値で払ってやる!」
逆らう場合はどうなるかわかっているのか、と
「……伯爵の立場を振りかざして他人を
コナスが改めて、光が消え失せた方向――王都エルカリナの方角に目を向ける。
自分はなんという
「探し物屋……本屋、
船尾の外輪が逆方向に回転を始める。もう、あと数百メルトで
その目からは青い光が、冬に発する
◇ ◇ ◇
それは巨大な無の空間だった。
闇が支配する――陽の光など
広い、ということはわかるが、その闇がどこまで続いているのかはわからない。闇とそうでない空間の
ひょっとしたら、ここは永久に広がる闇の中ではないのか、そうささやかれれば、大部分の人間どもは信じてしまうだろう。
王城直下の階段、鉄の扉で
ここに侵入できる入口は、
地面もまた存在しない。あるのは、人の足が立てる
ここは、
その『立つことを許された基準』、地面と呼びたければそう呼ぶこともできないでもない面に、二人の人影があった。
一人は、
もう一人は、深い
地下下水道
そう。
ここは、王城の真下――いや、王都エルカリナが
「――たったの、こんな
「いったでしょう。一つは
二人の顔が薄い紫色の光に下から照らされる。その光の
複雑な
輪の真ん中だけが真空のように、台風の目のようになにもない。その直径は七、ないし八メルトほどだ。
その闇の空白を囲むようにいくつもの輪が重なり、それぞれが好き勝手な速度と方向に回転していた。全体の直径は……二十メルトほどはあるのだろうか?
赤い炎の色の光を吐き出しきったそれは、その中心から数分は王都全体を揺るがしていた
「この骨はなんだ?」
「さあ?
魔法陣に寄り
「きっと
「先の大戦の
「まあ、放っておいても
「邪魔といえば……何かにつけてちょっかいを出してくる快傑令嬢とやらだ」
「あんなのは
「チンピラを百匹
「この子はどう?」
女の
薄くぼやけた人影――少年と
「……快傑令嬢を追い払ったとかいう、小僧か」
「腕は確からしいわよ。こういう子は
「引き抜きはお前に任せる。……さて」
魔法陣から少し離れた所に、一つの白い台があった。純白の大理石を切り出したような正方形の台の高さは腰の高さまである。その表面には二つのくぼみがあり、そのくぼみには今、それぞれに小さな球――親指ほどの小さな球が乗せられていた。
一つは赤い球、もう一つは……ドロドロとした闇が渦巻いているような
「さすがに本物にはかなわないようね。
「合鍵にしては十分だ。取りあえず
少年が魔法陣に
「この二つを、中心に投げ込めばいいのだな?」
「そう教えられてきたのでしょう? やってみなさいな」
「そうだな……やるしかないのだな…………」
ほんの数瞬の、迷い。
それを振り切るように断ち切って、少年は右手にした二つの球を、内周と外周とをこすり合わせるように回転し続ける魔法陣の中心に向かって投げ込んでいた。
魔法陣の中心で、ぴちゃん、と音が聞こえたかと錯覚するような波紋が広がる。
池に小石を投げ込んだかのような、小さな波紋。
それが広がり、波打ち、止み――全てが
静かに回転の連なりを走らせていた魔法陣の動きが、一瞬、
鈍ったか――そう目に受けた二人の前で、それはすぐさま以前に増しての
ものすごい回転だった。今までは目で読めていた文様が、あまりの速さに読めなくなっていく。
闇に白地で刻まれていた図形も、今やすさまじい速度の回転によって白一色に染まっていく。中心の闇の空白を残して、その周囲が白の濁りで満たされていく感じがあった。
――そして、突然に全ての回転が停止した――と同時に、それは来た。
グワアァッ!
直径約七メルトほどの魔法陣の内径の全部を突き破るようにして、巨大な岩の腕が飛び出して来た。
巨大――巨大だろう、それは。
一呼吸で飛び出した上腕の長さは――それは、八階建ての高層アパートの屋根にも
岩、というよりは石材の腕というべきか? それとも、
一気に伸びてきた腕は、次には飛び出して来た速度のまま魔法陣の中に沈み込み、完全に消え去る前に一度、地の基準面にしがみつくように掌を広げた。
停止していた魔法陣が再び
「はは……ははは……ははは、はははは……はははははははは…………!!」
闇の中に笑い声が吸い込まれて行く。反響することはない。それでも、その笑い声は響き続けた。
「ついに! ついに
冷静さの仮面をかなぐり捨てた顔が残酷な
「二百年の長きに渡り、
そんな
「今――真実の、正統な王が帰還する時が来たのだ! その
「ええ。
ダークエルフの女には、そんな『絶対の力』などに興味はない。
興味があるのは、ただ一つだけ。
――それは。
「この魔法陣が、本来の大きさに開ききることをね――」
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