「王都、激震」
「声を出すな」
「ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
何を考える間もなく、口を押さえてきた手に、上の歯と下の歯が相手の手の骨にまで食い込むくらいの全力で
「――噛むな、メイリア、私だ」
まだ冷静な声に後ろから語りかけられて、
「――シーファ! おどかすなぁぁぁ」
「声を落とせ。響くぞ」
メイリアが
シーファ同様、リルルとフィルフィナが亜人奴隷市で出会い、里を
そんな彼女が
長い髪を背中でひとくくりにしたその出で立ちは女戦士という空気をまとわせ、鋭い眼差しが勇ましさを強調している。
「シ……シーファ、追いついてくれたんだ……あ、あ、あたし、怖かったよ……」
「もっと声を落とせ」
姉になったラミアの女性を見た
「ごめん、シーファ、あたしあの階段を降りられなかった。
「馬鹿をいうな。降りなくて正解だ。あの先に足を
「あいつら怖いよ……あの女、人を
メイリアの瞳が震えている。目の
「亜人奴隷市の
「シーファ、あたし腰が抜けた。だっこして」
「甘えるな」
こつん、と妹分の頭を
あの階段の先にはいったい何があるのだ。いずれそれだって確認しなければならない。だが、それにはいったいどうすれば――階段から離れて五分ほど
「……なんだ?」
最初は地震の
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――ォォォ!!
「なに、これ!?」
「――メイリア、声を落とせ!」
天井、壁、床の四方に反響し、体の
地面が
「怖い! 怖い、怖い、怖いよ! シーファ、シーファぁ!」
「メイリア、胴体に乗れ! ――ここから、ここから出ないと……!」
蛇の胴体の先端でメイリアの体を巻き上げ、背負うようにしてその体を乗せたシーファは、自分も両耳を塞ぐ手を離せずに顔を歪めた。どれだけ進もうがこのうなり声からは逃れられない。いつまでこの
◇ ◇ ◇
異変は地下だけではなかった。
突如の
「なにっ…………!?」
買い物のために市場に来ていたリルルもその一人だった。屋台市に並ぶ品物を見ながら歩いている内に、足の裏がくすぐられるのを覚え、それに気づいて足を止めた瞬間、地面の全てが震えてうなり声を上げるのを聞いたのだ。
「なんなのこの声!?」
「バケモノだ、バケモノがどこかにいるぞ!」
「下水道になにかいるんじゃないか!?」
今まで
通りかかっていたラミア列車が力
「魔物だ! 魔物がいるんだ!」
「逃げろ! 建物の中に逃げるんだ!」
「ママぁ! ママぁ!」
今この瞬間、地面を割ってその下から大量の魔物が飛び出して来る、そんな
「みんな! 落ち着いて! 魔物の姿なんかないわ! 落ち着くのよ――落ち着いて!」
半ば地面にしゃがみ込んだリルルが、自分を全周囲から
「おかあさん!
リルルの正面に、泣きじゃくる一人の女の子がぶつかってくる。ついさっきまで野菜を見ていた屋台の店主も、売り上げの金だけを持って店を捨てていた。せめて
「大丈夫よ、お姉ちゃんがついてるから。怖くないよ、あんなの怖くない、怖くないんだよ――」
少女の耳に語りかける。が、火がついたように泣く少女の心には響かない。いまだうなり続ける地面、母親がはぐれてしまったことが少女の心で
「怖くないよ、あんな声。すぐにやっつけられるよ。私――ううん、リロットがやっつけてくれるよ!」
「リロットが……?」
女の子が反応する。リルルの顔を見上げた。
「そうよ。リロットは強いんだから。あなたも知ってるでしょ?」
「うん、あたし、リロットすき。強いリロット、すき」
リルルの心がきゅっと締まった。この子は知ってくれている。リルル・ヴィン・フォーチュネットの名は知らなくても、快傑令嬢リロットのことは知ってくれている。
「リロット、来てくれる? あれをやっつけてくれる?」
「すぐに来てくれるよ――お姉ちゃんね、リロットのおともだちなの。今呼んでくるから、ここで大人しくしていて、できる?」
「うん!」
待っててね、とリルルは言い
物陰にしゃがみ込み、視線が自分に向けられていないことを確認する。
右腕に
「――――」
メガネを両手で軽く
次には開いたその目の奥に確かな光を
全てのためらいを捨てて、両手で今、メガネを嵌めた――。
◇ ◇ ◇
「――リロットがいるぞ――!」
救いを求めるように天を
建物の向こうに見える、背の高い教会の
「どこだ!」
「教会だ! 教会の上!」
「快傑令嬢がいるって!?」
「見える! いるぞ――本当にリロットだ!」
逃げ場所を求めて走っていた人々の足が止まる。リロットが、快傑令嬢が現れたという声がさざ波のように人から人に伝わり、この
「リロット――! この声をやっつけてくれ――!」
「お願いだよ! リロット!」
人々の声が足元から、その向こうから、そのまた向こうからわき上がる光景に、快傑令嬢リロット――リルルは、
人々の
快傑令嬢リロットになったからといって、この地の底から全てを震わせる『声』をどうできるものでもない。
だが、一時でも自分に注目が集まることで、人々の心に、
闇の向こうで
希望が隠れるわけにはいかない。
希望はいつも、人々の心の中でその明かりを灯し続けなくてはならない。
その
「リロットが来てくれた……! おねえちゃん、リロットが来てくれたね! おねえちゃんがリロットのおともだちなの、ほんとうだったんだ! ――おねえちゃん? おねえちゃん、どこ?」
消えてしまったリルルの姿を求め、女の子が周囲を見回す。
「ミム! ミム!」
「おかあさん!」
少女の母親が人の波から
「ミム……よかった! 無事でいてくれて……!」
「おかあさん、あのね、リロットのおともだちのおねえちゃんがね!」
その姿を遠くの高みから確認し、リルルは白い
ばふっという音と共に広い傘が開き、同時に赤いハイヒールが避雷針を
「リロットだ! 快傑令嬢リロットだ!」
「リロットがいてくれている! リロット!」
恐怖が、絶望が、希望によって
このまま王都を飛び越え、南方の森に設置してある転移鏡の所まで飛ぼう。そこでリロットの姿を
「なっ…………!?」
王都の南方、エルカリナ湾沖――おそらくは四カロメルト先くらいの海。
様々なことがありすぎて早くも記憶から
その海に巨大な
「なぁ……なぁに、あれ…… !!」
◇ ◇ ◇
できるだけ屋敷に留まり、外出は控えよう――そう考えてフォーチュネット
「――なんですか!?」
南――海の方角。炎の色をした光の柱が天に向かって突き上がっている光景を目に
光の柱が雲を
「これは…………」
それが観測できたのは、数十秒、おそらくは三十秒にも満たない時間だったが、人々の目には、フィルフィナの目にも、十数分はありありと残る残像となってその目と心に焼き付いていた。
「――これは……もう、手段を選んでいる場合ではないようですね……!」
今すぐ、里に戻らなければ。
里に戻って『あれ』を取ってこなければ。
今までのチンピラ
リルルは必ず、あの光の
それは明らかに危険で、可能なら止めたかったが――止められないものであることも、フィルフィナは理解していた。
目の前で
「お嬢様! 本当に……本当に
自室に戻り、メイドであることを
これが自分の戦闘服なのだと自らにいい聞かせ、フィルフィナはその
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