エピローグ
「迷宮の下の迷宮」
王都エルカリナの地下には
いや――正確に表現すれば、王都エルカリナは
王都の住人たちの生活を支える
コア・エルカリナの百六十万の
王都の全域に広がる地下迷宮の
動きが
そんな、都市と共生して生きる魔物そのものはほぼ無害といって良かったかも知れないが、地下下水道自体は危険な空間だった。
無計画な
行き場を失った犯罪者などが逃げ込み、奥に入り込むとほぼ
正体不明の魔物、迷宮内に住み着いたとされる
まだ三十歳に満たない男性冒険者、アドラーが
「……なんか、おかしいとは思っていたんだ」
壁に点々とはめ込まれた、ほのかに暗く白い光を放つ
総勢七人のパーティーだった。
ゴブリンたちは亜人街で雇った連中だ。組むのは初めてで、これっきりの付き合いになるだろう。魔法使いのコスカとは付き合ってる仲で、話が通じそうなのはこいつしかいない。
後ろを
最初から
戦闘技術を欠いている自分だけでは、地下下水道を探索はできない。寝取ったがために共に追放されたコスカも補助魔法が使えるだけで正面戦力にはなり得なかった。そのため、いくつかかあるパーティーに加入を
自分からパーティーを
「そんなことしてちゃあ、金がいくらあっても足りねえ……けど、新入りを育てるのも大金がかかる……」
まとまった大金を
ギルドを介さない
話にならない。依頼を
仕事の内容は、地下下水道における指定方面の地図作成。簡単ではないが、難しい仕事でもない。
何故、下水道局員には決して見えないこの二人がそんな地図を求めるのか、理由はわからなかったが、この額はそれを聞くなという意味も込められているのだろう。
その前金で格安のゴブリンたち三人を雇い、少なくない不安を覚えながらアドラーは地下下水道に侵入したのだ。
王都の北東の平民住宅街から
地下下水道の探索についてはアドラーは
アドラーといえどもその全てを知っているわけではなかったが、今まで足を踏み入れた区域については全て地図として情報を持っていたし、大まかであれば頭の中にも入っている。この真上が王都のどこに当たるのかさえ正確に思い起こすことができた。
道中はさして危険なことはなかった。四角に切られた高さと
スライムが
が、同時に弱くない
途中、所々でフード姿の二人が指を差す。その指示に従っている内に、細く長い
やがて階段が途切れ、水に全く
「運河の底を、道が通っているだって……?」
地下下水道に潜り始めてもう十年以上
どうやら依頼人が調べたいのは、官庁や貴族の
「……じゃあ、なんで北西部の入口から侵入しないんだ?」
疑問は、歩いている内に
歩く歩数を常に意識する。頭の上は運河を越え、もう貴族の邸宅が密集する区域に入ったはずだ。細い道が終わり、目の前に複雑な
通路の見た目は地下下水道に間違いないのだが、決定的な違いがあった。
「……下水が流れていないだって?」
地下下水道として作られているはずなのだが、この区域には水が
アドラーは理解した。何故北西部から下りなかったのか――北西部からここには下りられないのだ!
「じゃあ、この水路はなんのためにあるんだ……」
水路――いや、水が流れていないので水路とも呼べないものか。地下下水道のもう一つ下の階層に広がる、
地図作成なんて
指が差された方向に向かって歩けばいいとだけ考えているゴブリンたちはもちろんとして、そのゴブリンの後ろを歩けばいいと思っているコスカまでそれに考えが
アドラーの
「ヤバいな……」
「ぷぎゃ!」
言葉もほとんど通じないゴブリンたちが足を止めた。行き止まりだ。が、床を
ハーフリング
その瞬間、震動が辺りを
ほとんど体験したことのない地震か、と思った時にはそれは体のバランスを
断面からして短剣の長さほどの厚みがある鉄製の扉が、重い音を立てながらゆっくりと左右に開いていく――この扉はどういう仕組みで開いているのだ!
「ありがとう」
女がフードの下から言葉を発した。今まで
「あなたたちの仕事はこれで達成されたわ」
「おい、ここから先に進まなくていいのか。いや、帰るにしても俺の
アドラーは立ち上がる。本能が
「もう
蛍光石の
「あなたたちはここから先に進むことも、戻る必要もないのよ――さようなら」
「っ!」
マントの下で抜いていた短剣をアドラーが振りかざした時、放たれる矢の勢いで
振り抜いた刃には
「て……めぇ」
一瞬で目から光を失ったアドラーが倒れる。その音にコスカが悲鳴を発し、開く扉に見入っていたゴブリンたちも異変に気づいて顔を向けた。
叫びを上げる
「ご苦労様。あなたたちがいなければここにはたどり着けなかったわ。感謝するわね」
アドラーの懐をまさぐり、メモ帳を取り出す。侵入した入口から現在地点までの進路が
重々しい音が止み、鉄の扉が開ききる。その下には人が十人は横一列になって下りられるような巨大な階段がその口を開けていた。
「やはりあった。我が家に伝わる
背の低い男がフードを外し、白い髪が中から
「王城の真下に存在する最下層の迷宮、閉ざされた扉――全て言い伝えどおりだ」
少年の高い声に似つかわしくない、落ち着いた口調。色素が抜けきった白い髪に、どこか赤い気配をまとった黒い瞳のコントラストが邪悪な気配を感じさせる。
あの夜にリルルが
そして。
「そうだと私が前から教えてあげているのに、見るまで信じないのね」
女の方もフードを
金色の髪が自ら光を発しているかのように輝き、
「お前たちのようなものの言葉を一つ一つ真に受けていたら、身がもたないからな」
「あら、それはご
「そんな問答はいい。進むぞ」
「ふふふ……どんなお宝が待っているのかしらね?」
「知っているだろうに、
「うふふ」
二人が階段をゆっくりと下りていく。後に残されたのは物言わぬ五人の死体と――その五人があっという間に
「な……なに、あいつら…………」
悲鳴を漏らさないために口と鼻を手で必死に押さえ続けていて、二人の姿が消えたことにようやくそれを放す。
「うう……あの階段の下も
リルルが亜人奴隷市で助け、ヴォルテール
鉄の扉は開いたままだ。二人が下りた足音ももう聞こえてこない。追うことはできる――しかし、床に転がっている五人の死体を見ると足が動かなかった。見つかれば命がないのは
「シーファ、ごめん、あたし怖い。でも行かなかったらシーファは怒るよね。あたしを可愛がってくれないよね。……よし、行こう、怖くない、怖くない、怖くなんか、怖くなんかないんだぞ……」
物陰からようやく体を離す気になって、そのハーピーの少女は半歩半歩歩き出す。完全に腰が引けていた。ネズミ一匹飛び出してきただけで彼女の心臓を止めるには十分だろう。
「――――」
そんな少女の背後で、さらに揺らめく一つの黒い影があった。
確かな歩み――しかし足音のかけらすら出さない足取りでハーピーの少女の背後を取り、確実に間合いを詰めていく。
ハーピーの少女は気づかない。完全に前にしか意識が行っていないからだ。
黒い影が全くの無音で両の腕を広げる。それが閉じるだけで全身を
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