「夜遊びのあと」
東から
窓一つない、ほんの
故郷、エルフの里の者が見たら
柱時計の
「え……今、何時……」
体感時間で時刻を計る――もう陽が完全に昇っている。
またも柱時計が鐘の音を鳴らした。玄関の呼び
「こんな朝に……来客……」
まさか呼び鈴を鳴らして
「フィルちゃん、おはよー!」
玄関先で待っていたのは、ニコルが住む
「おはようございます……どうしたんですか? こんな朝から」
「ニコルおにいちゃんにおつかい頼まれたの。お手紙なの」
女の子が小さな箱を差し出してくる。手紙? 箱に――? フィルフィナの警戒心が
「本当にニコル様でしたか?」
「んん? 本当だよ?」
「リルルおねえちゃんに渡してくれって、お願いされたの」
「そうですか……」
フィルフィナは箱を受け取る――中でカラ、と音が鳴った。少しだけ重い――箱に入っているのは紙だけではないようだ。
「じゃあフィルちゃん、またね」
「今度いっしょに遊ぼうねー!」
「あなたたち、待ちなさい。お
「お駄賃ならニコルおにいちゃんにもらったの」
「千エルももらったよ。ぼくたちおかねもち」
「いいからそこで待つのです」
フィルフィナは自室に小走りで戻ろうとし――ふと気が付いて、箱だけを浴室手前の
自室の
「これを持って帰りなさい」
「なぁにこれ?」
「
「わぁ、重い! こんなにもらっちゃっていいの?」
「いいのです。友達みんなに公平に分けるのですよ」
「わかったー! フィルちゃんありがとう!」
よかったね、うれしいねと笑いながら子供達は門の方に歩いていった。門の所で立ち止まり、両腕を振って
「――さて」
脱衣所に戻り、子供達が持ってきた箱を
「……ニコル様のものからで、
中に入っていたのは一通の
紙の中から現れたのは、
宝石のたぐいなどではない、
綺麗な小石を集めるのが
「……いえ、これは、文面も確認しないと。読んだら発動する小型の
封を切る。中の紙面を取り出して広げた。
「これは決して、
ニコルらしい
最後の挨拶を読み終えるころには、その手が見てわかるくらいに震えていた。
「――あの馬鹿お嬢様!」
口にしてしまって、フィルフィナは
「――あんの、おばかお嬢様!」
手紙を
ノックもなしにリルルの部屋の扉を開け放つ。
「フィル?」
ごつんっ!!
足音の大きさに小首を
「いったぁ――――い!」
「痛いじゃありません!」
頭を押さえて泣くリルルの前に、フィルフィナが封筒を叩きつける。
「あなたはいったいなにをやっているんですか! いつからいたいけな少年の心を
「な、なに、いったい、どうしてなにが」
「ニコル様のお手紙です! 読みなさい!」
「――ああ、ニコル……」
「ああ、ニコル、じゃない!」
同一
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「少しは自分の罪を思い知りなさい! ――なんなんですか、あなたは! 自分の顔がニコル様にわからないのをいいことに、ニコル様の心を自分勝手に揺さぶって! リロットにされたことの罪の告白をあなたにさせるとか、少しでもニコル様の気持ちを考えたのですか! このおばか!」
思い出すのも恥ずかしい手紙の文面を思い起こしながらフィルフィナは怒る。
快傑令嬢リロットに
なんでそんなに
これを机に向かって書いているニコルの心境を思うと、フィルフィナは重い絶望に
「し、仕方ないじゃないの! 私だってニコルと
「だからといって、あなたは――――!」
三発目を食らわそうか――フィルフィナは全力で息巻いて――そのまま、
あとにはやり場のなかった怒りを
「――すんでしまったことは仕方ありません。しかしお嬢様、いったいこれからどうするんです……」
「どうするって……」
「ずっとリロットの姿を
「そんなはしたないことはしません!」
「同じようなことをやってしまっているではないですか……。顔もよくわからない、どこの誰かもわからない女に迫られて、
「だってぇぇ……」
涙目で
「――あんまりおいたが過ぎるようでしたら、またその腕輪を取り上げてリロットになれないようにしますからね!」
「やだぁ! ニコルに手出しができなくなっちゃう!」
「せんでいい!」
がん、がん、がん! と足を
「……まったく、このあほお嬢様は……」
感情の全てを吐き出すように、地の底にまで届くような深いため息を
◇ ◇ ◇
「ニコル?」
フォークを持ったまま固まっていたニコルは、ラシェットの呼びかけにその半開きになっていた目を
昼間の
「お前、さっきから上の空じゃないか。また心配事か?
「ええ、
「考えたんだけどな、うちの実家に腕のいい
「――先輩。首飾りは戻ったんです」
ラシェットの舌が
「――戻った!? でも、ヴォルテール
「昨夜、リロットが僕の家にやってきたんです」
もう二段階は大きな驚きの声を上げようとして、ラシェットはそれを胃の奥にまで押し込んだ。
「……本当か……!」
「やっぱり彼女が首飾りを持っていってたんです。……でも、彼女は盗むつもりはなかった、弾みで持っていってしまっただけだから、返すといって、これを」
ニコルの手が、制服の上から首飾りとロシュネールの
「そ、そうか。……いや、二つの意味でびっくりしたぜ。そうか、リロットが……」
「――彼女、悪い人ではないと思うんですよ……」
「……そうだな……」
警備騎士団としての
弱者を決して
公式に実在する正義の顕現であるはずの警備騎士団が、成り行き上リロットと対決しなければならない立場に立たされ――軽傷ですまそうというリロットの
こんなに複雑で情けない役人も、そうはいないだろう。
「リロットに殺された人間はおろか、骨折に
「彼女がよくないことをしているというのも、理解しています。だから
「俺たちにもっと力があればなぁ……」
食後のお茶を飲みながらラシェットがため息を
「すみません、先輩……この事は、みんなにも上にも
この事。
自宅に、
その重さを知っているラシェットは一瞬目を丸くしたが――すぐに温和な顔に戻った。
「はは、お前でも内緒事を持つんだな。――よし、俺とお前だけの秘密にしておいてやる! 心配するな、誰にもいわないから!」
「助かります」
「いいっていいって! それだけ俺を信頼してくれているっていうことか。俺は嬉しいぞ! これからも力になるからな! なんでも相談しろよ! まずは飯を食え!」
「――先輩って、本当にいい人なんですね」
「わははは!」
食事の
「リルル……」
朝、子供達に届けさせた手紙をリルルは読んでくれただろうか。許してくれるだろうか。返事をしてくれるだろうか。
鳥料理の鶏肉をフォークでつついて
「……リロット」
首飾りを返しに来てくれた彼女。リルルの代わりだ、といって口づけをしてきた彼女。リルルを愛してあげて――そういって
顔の印象はわからない。覚えていない。覚えられない。
だから、ニコルは
自分でもどういう理由でかはわからないが――
「リルル……リロット……」
ニコルはまだ、自覚するには至っていなかった。
自分の胸を締め付ける想い人の名前が、リルルの一人から――もう一人、増えてしまっていることに。
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