「薄桃色のつむじ風が吹き荒れる」
「かっ……快傑令嬢……!」
その存在を知らぬものはもう、王都には一人もいないといって過言ではない。
その活躍によってどれだけの悪が
特に、彼女の
「――女性の心を
舞台の真ん中で無数の光を浴びるその少女の顔を、誰も
「……乙女のこの清らかな胸を、生まれたての赤ん坊みたいだとか、ゴレゴン大平野だとか、無乳地帯だとか、どこの隙間にでも入りやすいとか、ブラジャー要らずで経済的だとか……」
男たちの頭に巨大な
「
顔は見えない、わからなかったが、舞台の上の少女が滝のような涙を流しているのはわかった、その魂の
「ゆ……許さない、許さない、許さない!」
ムチが鋭く舞台を打つ。その
「絶対に許しませんよ、悪党ども!! じわじわと
「そっちが
地から空に駆け上がる
「ぎゃああっ!」「ぐへっ!」「べしっ!」「びぇぇ!」
客たち数人を凄まじい勢いで打ちのめす。胸、腹、腰、
「うおおおおおお――――――――!!」
美少女にあるまじき
「うわああああああ! ぎゃ、
「に、に、逃げろ! 貧乳令嬢に殺されちまう!」
「扉が開かねぇ!」
開幕前に
「ダメだ開かねぇ! どうなってるんだ!」
「早く開けろ! 鬼が、悪魔がやってくる!」
「開かねぇっていってるだろう!」
「誰か、誰か警察を呼んでくれェェ――――!!」
この地獄のような状況から逃れようと扉に押し寄せる男たちの背中では、
打ち上げに半分失敗した花火のように男たちが宙を舞い、
「うわあ――!」「ぐえええ!」「ひであべっ!」
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。一秒に一人が天井に向かって飛ぶ。
「怖ぇ……貧乳の恨みは怖ぇ……!!」
「助けて、助けておがあちゃん! 俺、いい子になるからぁ!!」
男の一人が、立ち
「待て、俺は貧乳も好きなんだ。それにそもそも、さっきの
「誰が私のお胸を侮辱したのかは、
「ですから、全員ぶちのめします!」
「そんなぁ!?」
「…………思い出した」
少女の至近で尻もちをついていたために、その怒りの直撃から逃れられていたガガブが頭に手を当てた。記憶の中で情報と情報が直結する。この場で一人だけ冷静な者がいるとしたら、それは彼だけに他ならない。
舞台の上にたった一人残されている彼だけが、ある意味観客の立場だった。
先ほどまで熱狂のるつぼと化していたはずの会場は、異様なくらいの
百人以上はいたはずの客たちが全員床に倒れ、それぞれがめいめいに泡を
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
ガガブに背中を向けて肩を上下させ、いまだおさまらない怒りに体を震わせている、薄桃色のドレスの少女。その少女がこの惨状を作り上げたのは明白だったが、ガガブには恐怖はなかった。ただ、自分の頭に
「――リルル・ヴィン・フォーチュネット」
少女が振り返る。振り返るしかない言葉だったからだ。
「……何故、私の正体を!?」
「そうか……やはりそうか! どこかで見た顔だと思っていたのだ!」
リルルが舌打ちする。
「顔を青く
「百一位……」
その
周囲を見回し、自分とガガブ以外の人間が目覚めていないことを確かめた。
「そうか、快傑令嬢リロットの正体は、伯爵令嬢……! 素晴らしい! なんという
「――仕方、ありませんね」
リルルトがメガネに手を掛け、それを外した。メガネに付与されていた認識
「おお…………」
女神を
「……ちなみにその百一位ですが」
「なにかね?」
「何人中の百一位なのですか?」
「王都エルカリナに住む美少女、選りすぐりの千人の中の百一位だ」
「…………フィルフィナという名前はありました?」
「ああ、背は低いが緑の髪をしたメイドの少女の名前だな」
あるのか。
「順位は確か――」
「……えっと、順位は聞きたくありません」
「そうか」
快傑令嬢リロット――いや、メガネを外した彼女はもう、リロットではない。
フォーチュネット伯爵家の一人娘、伯爵令嬢リルル・ヴィン・フォーチュネット。
それが、
「……快傑令嬢リロットは、顔を見えなくする魔法で正体を隠していると新聞では読んでいたが……実物を
「お
「……待て。何故、自ら正体をさらしたのだ」
リルルは薄い微笑みを浮かべている。その手に一つの物体――手の平と同じ幅をした、銀色に光る物体が乗せられていることにガガブは気づかない。
「君ほどの立場がある人間。何故、そんな快傑令嬢なとをやってるのかは知らんが、それが世間に知られれば身の
「ええ、まあ、その通りです。そのために顔を隠しているのですから」
「で、では、何故私に顔を見せるなどということを……」
「――ふふ」
言葉をつなげながらガガブは自分の言葉の結論を読んだ。どうやら、この論理の
「わ、わ、私を
「そうです。私は、今まで一人として人を殺めたことはない」
静かな口調。しかし自信に満ちた強い響き。
「それが、たとえいかなる悪人であったとしても――それが私の信念であり、
銀色の輪っかがリルルの指にはめられる。四つの小さな輪に親指以外の指が通され、それらをつなぐ幅広の輪っかを手の平が硬く握った。
「ですが、私の顔を見たことは忘れていただかねばなりません」
「ど、どどど、どうやって……」
「――失礼します」
リルルがガガブにムチを投げつけた。まるで意思を持つ
「ううっ!」
見えない糸で
その右手に
「――
優しささえ帯びた、穏やかな目だった。状況が状況ならガガブはその色合いに感動を覚えただろう。だから素直に答えていたのかも知れない。
「お……覚えていない……もう、
「――そうですか」
「だから、頼む。君も私の収集物になってくれないか。金は――金は、いくらでも積む。十億、二十億、三十億――――」
「……ふふふ」
リルルが手の金属を握りしめた。その瞬間、
リルルの感情――怒り――を
「そ――それがかなわないなら、どうか、どうか、君が私を
「うるさい
リルルが
「あなたのような人がいるから、女の不幸が減らないのです!!」
リルルが左足を踏み出す。ステップに全部の体重を乗せ、右腕を振りかぶり、己の体と闘志の全てを反時計回りに回転させる!
「地獄に
「
リルルの拳が男の顔面に突き刺さる。
声を発することも許されないガガブが舞台の厚い幕に飛び込む。拳を顔で受け止めた瞬間に意識も吹き飛んでいた男の体が、音を立ててうつ伏せに倒れた。
顔面への怒りの
「――おやすみなさい、よい夢を!」
リルルが手をかざす。ひとりでにガガブの体から離れたムチが、見えない糸で引かれたかのようにその手に飛び込んできた。
「……あの司会の姿がない?」
再びメガネをかけ、リロットに戻ったリルルが気づく。あの派手な
この会場から直接地上に出られる大きな出入口は、開いた
と、いうことは……。
「……裏か!」
追わなければならない――この亜人奴隷市に関わっている者は、全て叩きつぶす!
「逃がしは――逃がしはしませんよ!」
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