第95話 ボジョレー・ヌーボー

 世間では、すっかり下火になってしまっても、キャバクラの客寄せには、ひと役買っていたボジョレー・ヌーボー。

 ほかの抜き物(ボトルキープできない即日消費のワインやシャンパンなど)と比べても上代はリーズナブルだ。

 円高や熟キャバならではだが、当時の価格で一万円ほど(税・サ込み)。

 ふだんは抜き物に尻込みする客の財布の紐もゆるむ。

 スパークリングワインを卸しては

「シャンパンだ!シャンパンだ!」

と騒ぐ客の更正にも好機。

「いつもはシャンパンだけど!」

「あー。あれはシャンパンじゃないんだよねー」

 きょとんとされたので、製法・産地の違いを、さらっと伝えておいた。

『ほかで恥かかんよう覚えて帰れー』

と母心が働く。

 年下だけれど(笑)。

 一方、熟成していなくても熟成に向いていなくても、ボジョレー・ヌーボーはワインだ。

 バルクワイン(液状で大量輸送され、販売国でボトリング・パッキングされる。船便)でもなく、現地で瓶詰めされて空を渡ってくる。

『ボジョレー・ヌーボー入荷しました!いっしょに飲みませんか?』

 指名客への営業文句を捻出する手間も要らない。

 抜き物だけ頼む指名客は少ないので“チーサラ”などのつまみ(フード)を追加して売上に加算する。

 リーズナブルなので、一本、二本……と飲みすすめてくれることもあった。

 まぁ、抜き物なんて二本目からは“お飾り”で、客に同席を許された黒服(男性従業員。黒いスーツを着用している)が頑張って消化してくれるのだが……。

「どうせ俺は飲むしか脳がない男っすよ!」

と酔って泣かれたことも。

「いやいや!三本目出たし!乗せ上手で助かったよ!ありがとうね!」

 煙草や栄養剤や瓶入りのちょっとリッチなりんごジュースぐらい、差しいれるのは当然だった。

 当時はロゼやオレンジが未入荷でバリエーションの幅が狭かったが、それなりに本数は出た。

 熟成に向かない酒の在庫を抱えるのはリスキーで、仕いれ本数は店長の腕の見せ所だった。

 先見のない店長は後日、グラス売りしようと樽ごと仕いれた赤を投げうりしていたので。

 こちらも協力するが限界はあった。


 醸造酒のゆるやかなドーパミン放出は接客をスムースにする。

 営業・売上・心身において、解禁日前後はボジョレー・ヌーボー様様だった。



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後記:ハシビロコウ ハシビロコウ @hasihasibirokou

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