第23話 チンピラ

“○力団関係者の入店を固く禁ず”。

 どこの飲み屋の店先にも、そう注意書きされたプレートが掲げてある。

 だが、なんの効力もない。

 飲み屋自体がフロント企業だったりするので、本末転倒と言ったら本末転倒なのだ。

 私は店関係でも、そうでなくても、その筋の客は取らないと決めていた。

 だって、面倒じゃない(笑)。


 その夜も、そんな面倒な客についたので、好かれも嫌われもしない距離で接していると

「色気が足りないよ!」

と、なじられた。

 前歯の半分が溶けており、隙間から唾が飛んでくる。

 他人の懐で酒を飲む連れの男で店の関係者ではない。

 そばにはVシネマの主役のようなボスが鎮座していた。

 それを笠に着て男は続けた。

「○座のクラブのママは隣に座ると必ず脚の上に手を置いて話すよ」

 男は自分の太ももをぽんぽん叩いた。

 体を寄せて耳元で話すママに比べると、私の物理的距離が遠すぎるのだと言う。

 どうやら、男が“連れていってもらっている”店は優良店ではなさそうだ。

「そうなんですねー」

「男心はそうやってくすぐるもんだよ!」

 男は触れてもらえないことにひどくイラついていた。

 飲み屋をお触りパブか何かだと勘違いしている。

『ちっせー男だな!』

 そう思ったものの、私は黙って頷くともなく頷いた。

 ささやかな抵抗だった。

 血の気が多いやからに反論したところで、百害あって一利なしだからだ。


「そうなんですねー」

「なるほどー」

『それがあなたの見解ですね』

の同義語であって、同意を示す相づちではない。

「○○は○○なんですか?」

 したくもない小さな質問をし、好かれない程度に自尊心をくすぐる。

 キャハハ!と努めて無邪気に笑う。

 バカっぽい女が相手だと安心しそうなタイプだからだ。

 案の定、男の機嫌が回復する。

 それでも、ワンタッチすら与えてやらない。

「そうなんですねー」

「なるほどー」

「へぇー」

「すごいですねー」

「ごちそうさまでしたー」

 拷問のような数十分を乗りきると、私はさっさと退席した。



 

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