紅(あか) 二
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夜が明け、
深夜、
そして更に時間が経ち、城門が開く
二人共、事の経緯が分からぬままにただ待つ事しか出来ない。
何も分からないまま時が経ち、三時課の鐘が鳴ったのを機にとうとう陸王が痺れを切らして動いた。
居間から玄関を抜けて外に出ると、雪李が玄関脇にしゃがみ込んでいるのを見つけた。
「何してやがる」
どこか苛立った風な声音がでる。
声をかけられて、雪李は
「雷韋を待っているだけだよ。こんな時間になっても、まだ戻ってこない……」
「あのガキ、おそらく下手を打ちやがった。俺はもう行く。
そう言って歩み始める。
「ちょっと待って!」
雪李は突然立ち上がり、陸王の前に立ち塞がった。
「もう少し雷韋が戻ってくるのを待っていようよ。きっと戻ってくる筈だから。それにエウローン卿が雷韋から話を聞いて、今頃は動いてくれてるよ」
「あのガキはここの事を喋った筈だ。この家にいても危険だ。いつ何がやって来るか分からん。なら、こっちから出向いてやるさ」
言って皮肉げに笑むと、雪李の脇を通り抜けて歩き出した。
雪李はそれに追い
「待って」
言う口調も、その顔も真剣なものだった。
「しつこいぞ」
「もう少しだけ待って。僕が砦の様子を見てくるから。だからそれまで待って」
それを聞いて陸王の眉根が
「まさか、この真っ昼間に召喚獣を飛ばすつもりじゃねぇだろうな」
「必要ならそうするよ。今の僕には空を飛ぶ方法はそれしかないんだから」
それを聞いて、更に陸王の顔が歪んだ。
「人目につくどころじゃねぇだろうが」
「うん、だからそれはしない。もっと人目につかないように、インプを呼び出す」
インプは別名『指先の魔術師』と呼ばれる召喚獣だ。召喚獣と言ってもその姿は獣ではない。その種族は
インプは体長は十センチほどで、背には
インプの別名が指先の魔術師となった
雪李は陸王の腕を掴み、路地に入り込もうとした。
だが陸王は、雪李に掴まれた腕を反射的に振り払った。雪李に触れられた瞬間、
なんだ? そう思ったが、今はそれを無視する。
「貴様に付き合ってる暇なんざねぇ」
「君は雷韋を信じないの。彼は自分自身の為だけじゃなく、君の為を思ってエウローン卿に会いに行ったんだよ。君の身を案じたんだ」
雷韋は散々言っていた。陸王と闇の妖精族を戦わせたくないと。それは危険だと。雷韋の言った言葉達が陸王の脳裏を過ぎり、片眉が微かに動いた。
「それに、もし君の言う通り雷韋が下手を打ってしまったのだとしたら、僕らはとうに捕まってるんじゃないかな。でも僕らはまだ捕まっていない。兵士も来ていない。きっと上手くやってくれたんだと思う。だから僕は待つよ。雷韋を信じて」
雪李はそう言うが、陸王はそれに対して何も言わなかった。
「ただ今現在、何がどうなっているのか分からないのは僕も不安だ。その為に魔術を使おうと思うんだ。様子を探る為に。だからもう少し、君にも待っていて欲しいんだよ」
いい? と柔らかく聞いてくる。なのにその言葉の響きには、確認よりも命令のような含みがあった。そのまま黙っていろとばかりに。
知らず、陸王の拳がぐっと握られる。
それに気付かぬのか、雪李は陸王についてくるように手招きをして路地から裏路地へと移動した。
人目のない裏路地へ入ると、雪李は地面に向けて手を掲げた。すると地面に
インプが次元の向こうから姿を現したのだ。
現れたインプに雪李が手を差し伸ばすと、その掌の上に小さな魔術師が飛び乗り、キィキィと細い声で鳴く。その鳴き声は陸王にはただ不快なだけだったが、雪李は慣れているのか、顔を近付けて何事か囁くと、軽く息を吹きかけた。その途端、インプは
まるで、雪李が吹きかけた息に吹き消されたかのように。
その様を黙って見詰めていた陸王が、インプが消え去ったあとおもむろに口を開いた。
「で、今ので一体何がどうなる」
陸王の問いに、雪李は自分の掌から陸王に目を移すと、その顔に人好きのする笑みを浮かべる。陸王が
「見ていた通りだよ。様子を見に砦まで行かせただけ。
裏路地から抜け出しつつ、言う。
「ここで待っていなくてもいいのか。魔法陣はどうする。こんなもん、誰かに見つかったら厄介だろう」
「大丈夫。こんなところ、子供だって寄りつきはしないよ。それにインプは送還されるまでは召喚者のもとに戻ってくる」
と言った途端、雪李の眉が跳ね上がった。慌てたように雪李は裏路地に走る。反射的に陸王もそれを追った。
戻った先には、さっき開いた召喚円陣がなくなっていた。魔方陣すらない。
「え?」
雪李の唇から、呻きに似た声が漏れ出る。
「どうした。何かあったのか」
陸王が声をかけると、「インプが勝手に帰ってしまった」と呆然とした言葉が返ってきた。
「どう言う事だ」
「僕にも分からないよ。召喚獣が術者の意志とは関係なく勝手に次元の向こうに帰ってしまうなんて……あり得ない」
雪李は呆然としたまま地面の一点を凝視していた。
「つまり、術が失敗したってわけか」
問い
聞き覚えのある奇妙に高い声だ。
それを耳にして、二人は声のする表通りへと出た。
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