対 七
思い返せば、いつしか雪李の記憶は途切れ途切れになり、
だが当時、その感覚を不思議には思わなかった。雪李は自分でも知らぬうちにその現象を受け入れていたのだろう。
そして多分、その不安定な時期こそが魂の分裂の時だったのだ。
そんな夢現の境が分からぬ不安定な状態がどれほど続いただろう。長い間だったようにも、短い間だったようにも思える。思えばその
けれどそんなある日、ふと意識が覚醒したかと思えば、その時にはもう世界が一変していた。常に何かの気配を朧に感じるようになり、同時に喪失感と違和感を覚えた。それがなんなのか分からなかったが、徐々に世界が陰と陽に分かれているのだと気付きだした。
特に人に近付くとそれは
最初に感じた喪失感と違和感の正体はそれだったのだ。
それを知り、雪李はあまりの事に茫然自失となった。魂の欠片を失っては、最早人とは言えない。では、人ではない自分は何者だというのか。自問自答する日々が続いた。魂の
しかし雪李はそこから逆に考えてみた。彼の魂も、もとは陰と陽で構成されていたのだ。男だから、おそらくは少陰なのだろう。そして遠くに離れている陰と陽が必ず巡り会うのが条理なら、二つに分かれた魂も呼び合うのではないかと考えた。少なくとも、遠くに離れていく事はないだろうと。
何故なら、分離した魂も対の魂の一種と言えるからだ。
「それで僕はずっと待っているんだ。感覚で、この街に分離した自分がいるような気がして」
ふと雪李は、自分を凝視している
「雷韋、君に会った時も僕は陰の僕を捜している最中だったんだよ。散歩だなんて嘘ついて、ごめん。あの時、君に近付いたのも陰の魂を感じたからだ。でも、僕の魂じゃなかった」
雪李の話を聞きながら、雷韋はそれでも得心する部分があった。
「そっか。実はさ、橋の下であんたに会った時、変だなと思ったんだ。あの時、自分でも分かんないうちに、あんたの差し出す手を取ってた。俺の魂は確かに陰だよ。それは自分でも感じる。もしあんたが本当に半欠けの陽なんだとしたら、俺の魂が惹かれたのかも知れない。なんてぇのか、あんたには妙な感じがしてたんだ。上手く言えないけど。
「あ?」
陸王は眉根を寄せて雷韋を見遣った。
「陸王から、今まで感じた事のない感覚を覚えたんだ。どんなって言われても困るけどさ」
言う雷韋を陸王は
そんな二人を交互に見遣って、雪李は再び口を開いた。
「それでね、話は戻るけど、僕はこうも思った。陸王はグローヴ卿のもとに行こうとしてこの領地に足を踏み入れたと言っていたね。だけど実際は、雷韋がここにいたからじゃないかと思った。君達は知らず知らず、惹かれ合っていたんじゃないかと思うんだよ。魂の条理に従って。だから僕は、陰と陽の運命なんじゃないかと言ったんだ」
「このガキが俺の対だと? 冗談は休み休み言え」
陸王は切った鯉口をもとに収めて溜息をつくと、嫌悪も露わに言い遣った。
「君は雷韋に連れられて僕の家に来たんだよね。君みたいに疑り深い人が、どうしてこんな素性も知れない僕の家に黙ってついてきたの? ここに連れてくる雷韋を拒む事も出来たんじゃない」
陸王はそう指摘されて、思わず口を
雪李から目を逸らす陸王を見遣って、彼は言った。
「口ではどうとでも言えるけど、対の本能は決して拒絶出来ない。例え相手を憎んでいても」
「なら、こいつが俺の対だってのか」
「少なくとも、陰の雷韋には惹かれたんじゃないかな。取り違えじゃなければ、そう言う事だと思うよ」
陸王はその言葉をつまらないという風に鼻を鳴らして、椅子に腰を下ろした。素直に認めたくはなかった。それでも心に引っ掛かるものがあるのも事実だった。
初めて雷韋と出会った乗合馬車での事だ。雷韋の目を見た瞬間、言い知れない感覚に襲われた。とても口では説明出来ないものだ。いや、口で説明出来ないのではない。言葉に表せぬ感覚だ。馬車が均衡を崩して乗客が雪崩れたあの時も、雷韋の濡れた髪が頬に触れた瞬間、奇妙な懐かしさを感じた。
ほんの
もしかしたら、二人の間に『絆』が出来たのかも知れない。
けれどそんな事は考えまいとした。馬鹿らしい事だとばかりに、意識の
「で、雷韋をここの領主にどうやって会わせる」
「雷韋、君は会いたいんだろう、エウローン卿に」
「うん」
「でも、正面から行っても陸王の言う通り門前払いにされるよ。どうする?」
「だったら……忍び込むさ」
得意げに腕を組んで言う。口元には
「伊達に盗賊
雷韋が小首を傾げて言った時、正午を知らせる
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