対 三

「さっきも言ったように、俺はお前を信じちゃいねぇからな。誰も信じねぇ。俺が信じるのは俺自身とこいつだ」



 言って、背に隠していた刀を取り出す。



「ん。あんたが自分と剣しか信じないんなら、それはそれでいいよ。でも、俺と一緒に来てくれるんだよな」

「仕方なく、だ。……だが、少しでもおかしな真似をすれば斬る」

「いいよ」



 そう軽く返すと、雷韋らいはにっこりと笑った。それは裏も表もない子供の笑顔だった。


 雷韋とは出会ったばかりの顔見知り程度だ。しかも陸王りくおうは、雷韋を信じないと宣言したばかり。おかしな真似をすれば斬るとも言った。それなのに、どうして雷韋がこんな笑みを見せる事が出来るのか陸王には分からない。理解不能だった。


 そんな雷韋に、陸王は再び手を取られて歩き出す。


 取られた手を振り払う事も出来た筈なのに、どうしてか陸王にはそれが出来なかった。そんな自分に胸中で嘆息して、どうとでもなれと思った。どこか投げ遣りな気分で。


 そうして導かれた場所にあったのは、どうという事もない二階建ての民家だった。辺りの家とさほど変わったところは見当たらない。


 雷韋はそこで陸王の手を離して扉に手をかけると、扉は軋みもなく開いた。



雪李せつり~? ただいま~」



 間延びした声をかけて家の中に入っていく。陸王もそれにならって中に入った。陸王にとっては誰の家とも知れない家だが。

 陸王は雷韋のあとに続いて居間へと向かった。雷韋が扉を開けるがそこには誰もいない。誰もいないが、やたらと書物が多い事に陸王は気付いた。雷韋が「ちょっと待っててくれ」と言い残して居間から出ていったあと、陸王は手近にある一冊の書物を手に取った。そして眉根を寄せる。


 陸王は魔術にはうとい為、確実な事は言えないが、これは魔導書ではないかと思ったのだ。その書物を卓において、別の書物を手に取ってみた。が、やはり魔術に関して書かれているようだった。もう一冊手に取ってみたが、それは陸王には解読不能な言語で書かれている。


 陸王が書物を手にして見比べている間中、二階からばたばたと音がしていたが、やがてそれも収まり、雷韋が再び居間に入ってくる。

 雷韋が居間に入る気配を感じて、陸王は振り向きもせずに問いかけた。



「ここの主はいたか?」

「いや、いない。……でも鍵がかかってなかったって事は、すぐに戻るつもりなんじゃないかな。俺が起きた時はまだ寝てたし」



 それを聞いてから、陸王は振り返る。



「ここの主はなんだ? 適当に放ってある本を見たが、どれも魔導書ってやつじゃねぇのか? 俺には読めるものと読めんものがある。それに魔導士ってのは、口伝でものを伝えるんじゃなかったか」

「あぁ、うん、それなんだけどさ……」



 雷韋は陸王に雪李が召喚士サモナーであり、彼のしている事を手短に説明した。だが、魔導書の集め方には言及しなかった。それは雷韋自身も聞きたくないものだったからだろう。

 それを聞いて、「この世のことわり」と小馬鹿にした風に言って陸王は鼻で笑った。



「魔導士ってのはどいつもこいつも何を考えていやがるのか、さっぱりだな」

「俺も深入りは危険だから注意はしたんだけどさ」

「そういや、お前も魔術が使えるんだったな、サル」

「サルって言うな」



 むっすりと言う。



「じゃあ、お子様か」

「それも違う! 俺の名前は雷韋だって言っただろ。そう呼べよ」



 それに対して、はいはい、と陸王は適当な返事を返して本を卓に放ると、どっかりと椅子に腰を下ろした。その様はまさに、勝手知ったる他人の家だ。そして更に辺りに積んである本を手に取って、ページめくり出す。



「あんた、魔導書を読んで理解出来るのか?」

「読める字で書いてあるならな。こいつは文字からしてさっぱりだ」



 そう言って、開いた本をとんとんと指先でつつく。

 何語で書かれているのかを見ようと雷韋が身を乗り出した時、玄関の扉が開く音がした。



「あ、帰ってきた」



 雷韋が言ったのと同時に居間の扉が開く。居間に入ってきた雪李の腕の中には買い物袋があった。



「あぁ、雷韋。どこに行って……この人は?」



 雷韋に向けられた目が一瞬にして陸王に向けられる。



「うん、この人は、えっと、玖賀くが? 陸王。陸王でいいよ。日ノ本の侍。俺と同じに什智じゅうちに賞金がかけられてんだ。だからちょっとでいいからここに匿って貰おうと思って連れてきた」



 それを聞いて、あぁ、と雪李は陸王が腰に帯びている刀に目を移した。



「侍、帯刀。賞金は銀貨一〇〇枚だったかな。手配書が回ってたよ」



 言いつつ、荷物を卓の空いた場所に置く。



「銀貨一〇〇枚? ほんとに?」



 驚いたのは雷韋だった。まさかそんな額がかけられているとは思いもよらなかったのだ。



「本当だよ。侍は手強いからね。それ相応の額じゃないと、みんな動かない」



 雪李は肩を竦めた。

 雷韋はそれを聞き、陸王を見遣って、はーっと溜息とも感嘆ともつかない息を漏らした。もしかしたら声だったのかも知れない。



「じゃあ、陸王……でいいかな。僕は雪李」

「あぁ、名前は聞いてる。俺の事もそれでいい」



 言って、卓に置いた手を軽く挙げる。


「陸王も雷韋と同じようにこの国から逃げるのかい?」

「冗談じゃねぇ。什智を脅してでも俺にかけた賞金を取り下げさせる」



 それを聞いて、雪李は溜息をついた。



「それなんだけどね……買い物に行った先で聞いた話なんだけど、この領地に闇の妖精族ダーク・エルフがいるらしいよ。市場でも見かけた人がいるって。グローヴ卿は領地に帰ったみたいだけど、どうやらエウローン卿にも君達を追わせるつもりのようだよ」

「奴が領地にいるなら俺は当初の予定通り、グローヴに行く。ここに来たのは時間の無駄だったな」



 陸王は言うと、そのまま立ち上がって出て行こうとする。

 だが、それを止めたのは雪李だった。



「待って。話は最後まで聞くもんだよ。確かにグローヴ卿は領地にいるらしいけど、街中まちなかにはグローヴの衛士達が彷徨うろついてるよ。エウローンの鎧とは違う胴鎧を着た兵士達が至る所にいたからね。城門にもいると思う。もしそこで見つかって問題でも起こせば、君は完全に罪人だ。それに、周囲の領地にも闇の妖精族や、彼らの使い魔が飛ばされてるんじゃないかって噂にもなってる」

「彼らって事は、複数いるって事か。だが、それがなんだってんだ」

「ちゃんと対策を考えれば、安全に逃げる方法があるかも知れないって事だよ。髪を染めて瞳の色も変えた雷韋なら、この国からなんとか逃げ切れるかも知れない」

「俺には関係ねぇ。逃げるつもりなんざはなからねぇからな」

「じゃあ、逃げないとしよう。でもその場合、闇の妖精族と遣り合う事になるかも知れないよ」



 雪李の言葉を耳にして、陸王の眉が僅かにしかめられた。



「それなら問題ねぇな。闇の妖精族を叩っ斬るまでだ。どこに使い魔がいるかなんざ知るか。奴らがいくら魔術を使おうが、所詮は人族ひとぞく。どうとでもなる」

「彼らの魔術を甘く見ちゃいけない。火傷どころの騒ぎじゃすまないよ」

「お前も雷韋と同じような事を言うんだな」

「だって、死んでしまったら元も子もないじゃないか」



 そう言って、にこりと笑う。だがその笑みは、雷韋のものとは質が違っていた。腹に何か持っている者が見せる黒い笑みだ。それが陸王には気に食わなかった。だからだろうか、言う声音が低くなる。



「何を企んでいる。雷韋このガキを引き摺り込むのは構わん。俺の知った事じゃねぇからな。だが、俺まで巻き込むな」

「僕は何も企んでなんかいないよ。忠告してるだけ。闇の妖精族彼らと同じ魔導士として」



 変わらぬ笑みを浮かべて言う。

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