対 三
「さっきも言ったように、俺はお前を信じちゃいねぇからな。誰も信じねぇ。俺が信じるのは俺自身と
言って、背に隠していた刀を取り出す。
「ん。あんたが自分と剣しか信じないんなら、それはそれでいいよ。でも、俺と一緒に来てくれるんだよな」
「仕方なく、だ。……だが、少しでもおかしな真似をすれば斬る」
「いいよ」
そう軽く返すと、
雷韋とは出会ったばかりの顔見知り程度だ。しかも
そんな雷韋に、陸王は再び手を取られて歩き出す。
取られた手を振り払う事も出来た筈なのに、どうしてか陸王にはそれが出来なかった。そんな自分に胸中で嘆息して、どうとでもなれと思った。どこか投げ遣りな気分で。
そうして導かれた場所にあったのは、どうという事もない二階建ての民家だった。辺りの家とさほど変わったところは見当たらない。
雷韋はそこで陸王の手を離して扉に手をかけると、扉は軋みもなく開いた。
「
間延びした声をかけて家の中に入っていく。陸王もそれに
陸王は雷韋のあとに続いて居間へと向かった。雷韋が扉を開けるがそこには誰もいない。誰もいないが、やたらと書物が多い事に陸王は気付いた。雷韋が「ちょっと待っててくれ」と言い残して居間から出ていったあと、陸王は手近にある一冊の書物を手に取った。そして眉根を寄せる。
陸王は魔術には
陸王が書物を手にして見比べている間中、二階からばたばたと音がしていたが、やがてそれも収まり、雷韋が再び居間に入ってくる。
雷韋が居間に入る気配を感じて、陸王は振り向きもせずに問いかけた。
「ここの主はいたか?」
「いや、いない。……でも鍵がかかってなかったって事は、すぐに戻るつもりなんじゃないかな。俺が起きた時はまだ寝てたし」
それを聞いてから、陸王は振り返る。
「ここの主はなんだ? 適当に放ってある本を見たが、どれも魔導書ってやつじゃねぇのか? 俺には読めるものと読めんものがある。それに魔導士ってのは、口伝でものを伝えるんじゃなかったか」
「あぁ、うん、それなんだけどさ……」
雷韋は陸王に雪李が
それを聞いて、「この世の
「魔導士ってのはどいつもこいつも何を考えていやがるのか、さっぱりだな」
「俺も深入りは危険だから注意はしたんだけどさ」
「そういや、お前も魔術が使えるんだったな、サル」
「サルって言うな」
むっすりと言う。
「じゃあ、お子様か」
「それも違う! 俺の名前は雷韋だって言っただろ。そう呼べよ」
それに対して、はいはい、と陸王は適当な返事を返して本を卓に放ると、どっかりと椅子に腰を下ろした。その様はまさに、勝手知ったる他人の家だ。そして更に辺りに積んである本を手に取って、
「あんた、魔導書を読んで理解出来るのか?」
「読める字で書いてあるならな。こいつは文字からしてさっぱりだ」
そう言って、開いた本をとんとんと指先で
何語で書かれているのかを見ようと雷韋が身を乗り出した時、玄関の扉が開く音がした。
「あ、帰ってきた」
雷韋が言ったのと同時に居間の扉が開く。居間に入ってきた雪李の腕の中には買い物袋があった。
「あぁ、雷韋。どこに行って……この人は?」
雷韋に向けられた目が一瞬にして陸王に向けられる。
「うん、この人は、えっと、
それを聞いて、あぁ、と雪李は陸王が腰に帯びている刀に目を移した。
「侍、帯刀。賞金は銀貨一〇〇枚だったかな。手配書が回ってたよ」
言いつつ、荷物を卓の空いた場所に置く。
「銀貨一〇〇枚? ほんとに?」
驚いたのは雷韋だった。まさかそんな額がかけられているとは思いもよらなかったのだ。
「本当だよ。侍は手強いからね。それ相応の額じゃないと、みんな動かない」
雪李は肩を竦めた。
雷韋はそれを聞き、陸王を見遣って、はーっと溜息とも感嘆ともつかない息を漏らした。もしかしたら声だったのかも知れない。
「じゃあ、陸王……でいいかな。僕は雪李」
「あぁ、名前は聞いてる。俺の事もそれでいい」
言って、卓に置いた手を軽く挙げる。
「陸王も雷韋と同じようにこの国から逃げるのかい?」
「冗談じゃねぇ。什智を脅してでも俺にかけた賞金を取り下げさせる」
それを聞いて、雪李は溜息をついた。
「それなんだけどね……買い物に行った先で聞いた話なんだけど、この領地に
「奴が領地にいるなら俺は当初の予定通り、グローヴに行く。ここに来たのは時間の無駄だったな」
陸王は言うと、そのまま立ち上がって出て行こうとする。
だが、それを止めたのは雪李だった。
「待って。話は最後まで聞くもんだよ。確かにグローヴ卿は領地にいるらしいけど、
「彼らって事は、複数いるって事か。だが、それがなんだってんだ」
「ちゃんと対策を考えれば、安全に逃げる方法があるかも知れないって事だよ。髪を染めて瞳の色も変えた雷韋なら、この国からなんとか逃げ切れるかも知れない」
「俺には関係ねぇ。逃げるつもりなんざ
「じゃあ、逃げないとしよう。でもその場合、闇の妖精族と遣り合う事になるかも知れないよ」
雪李の言葉を耳にして、陸王の眉が僅かに
「それなら問題ねぇな。闇の妖精族を叩っ斬るまでだ。どこに使い魔がいるかなんざ知るか。奴らがいくら魔術を使おうが、所詮は
「彼らの魔術を甘く見ちゃいけない。火傷どころの騒ぎじゃすまないよ」
「お前も雷韋と同じような事を言うんだな」
「だって、死んでしまったら元も子もないじゃないか」
そう言って、にこりと笑う。だがその笑みは、雷韋のものとは質が違っていた。腹に何か持っている者が見せる黒い笑みだ。それが陸王には気に食わなかった。だからだろうか、言う声音が低くなる。
「何を企んでいる。
「僕は何も企んでなんかいないよ。忠告してるだけ。
変わらぬ笑みを浮かべて言う。
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