第183話―生徒会の休日返上その弐―

かつてのカラオケはプロが練習する場だった。

そもそも論として伴奏だけを流して歌手などが歌詞をおぼえるためと歌唱力の技術などを向上するために行うことの業界用語。

練習ではなく娯楽として客層を楽しめるよう一般に絞ったことで成功。

それから普及されて現代に至る。


「制服カラオケ……ふっ、実に面白い。よもやも、よもや、以前のわたしなら夢にも思えないね」


「わぁー、比翼ひよさんの意味深的なセリフカッコイイです!そこにシビれます」


腰を浮かせて先輩のわたしに目を輝かせる後輩の葉黄こうよう

それとわたし達の会話は色々と問題ありそう。


「フフッ、ハムちゃんは比翼のこと好きなんだね」


わたしの反対で隣に腰掛けているエイちゃんは顔を斜めに向けて微笑をこぼす。

やや幼げな印象を与える渾名あだなのハムちゃんは「はい。比翼さんのことだいすきです!」と屈託なき笑みで返した。

そうストレートな想いにわたしは友情や尊敬の意味なのだと分かりながらもわたしは恥ずかしくなり注文したジュースを一気にあおった。


「ふむ、なにを選ぶべきか……」


指をおたがいに当てて思案顔の九条玉葉。

わたしの女性陣に腰掛けるソファーの向かいにイケメンの副生徒会長はメニュー表をどれにするかと長く悩んでいた。

わたしがなんでもいいのにと優しく促しても決めかねている。そして生徒会長はというと――マイクを手にして気持ちよくシンガーソングライターあいみょんのマリーゴールドを活き活きとして歌っていた。

悲しいかな今は誰も聴いておらず話やメニュー表に夢中だった。あのハムちゃん、もとい葉黄も。

最初は、みんな聴いていたのだ。けど途中から飽きてしまったんだろうね。うん、たぶんそう、決してつまらなくなったとかじゃないはず。

わたしだけは聴いているよと手を叩いてリズムを取りながら周囲を見渡す。


(うーん、高校生のカラオケって華やかなイメージしていたけど意外とそうでもないかも)


生徒会のメンバー(わたしも含めて)は風が吹くままに気が向くままに楽しんでいる。元々メンバーの上のものと下のものと緩いからとはいえ接待めいたことをしない。

ここには、わたしを除いて高貴な身分しかいない。普段は家柄の縛りがあるからか息抜きとなると相手を合わせようとする親和性が希薄だ。

ようするに自由気ままに好きなことをするから必要なことは干渉しなくてもよいと空気である。


「あっ!気づいたら生徒会長が終わったようですよ。次はたしか比翼の番でしたよね。

耳をすませば聴きますね」


「うん。ありがとう」


ソファーから腰を上げる葉黄は花を咲かすよう笑みと高揚感で顔を近寄る。顔が近いよ。

テンション高めに気圧されながらも笑顔で答えて立ち上がって注目の的になる位置に進む。

吉水生徒会長こと愚管抄はなんともいえない顔でわたしにマイクを渡した。途中から聴く人が減るほど悲しいことは無い。

それならいっそうのこと最初から聴かないほうがダメージが少ないですんだはずだと思う。


「んっ、まだ食膳しょくぜんをどれに賑やかすかと決断できないか。そこまで悩むなんてらしくないなぁ玉葉副生徒会長よ」


決めかねている副生徒会長に声を掛けながら隣に倒れるように座る愚管抄。

相変わらずの傲然ごうまんな態度にわたしは呆れる。そうした態度に一瞥すると眉を逆立てることはなく柔和な笑みを作る。


「ちょっと勝手が分からないだけだよ。

けれど不慣れな場には少しでも順応しようとしているが醜態を見せられないとして、この通りさあ」


注文表をテーブルの隅に置くと肩を竦めて、お手上げとジェスチャーして応えた。

こんなことして実は余裕があるのではも勘繰ってしまうのは心が汚いからだろうか?

右も左もわからないと彼らしい口調で打ち明けると我ら生徒会長のグカンショウは両手を頭の後ろに組んで天井に仰いで眺める。


「それは右顧左眄うこさべんである玉葉……副生徒会長」


「うこさべん?」


「まわりを窺ってばかりで決断がつけない、または判断力が鈍るという四字熟語。よいか玉葉副生徒会長、ここに集まって居るのは変わりものばかり別に窺うことなんて必要はないのだ」


「そうだね。まさか、僕が頭を冷やされてはならないとは……でも改めて振り返ると。たかだか緊張それと注文してよいか、迷惑にならないか悩んでいるだけというのに」


サラサラの金髪を払うようにして自虐的に笑う副生徒会長。様になるけど毎回その演出は疲れないものだろうかと場違いな老婆心めいたもので心配をしてしまう。

これで区切りだとメニュー表を真ん中に戻そうとする彼の手首を愚管抄は掴んで止めた。


「待ってよ。ここにいるのは変わり者ばかりと言っただろう。お前の注目する権利は、この俺が握っている。

だから俺が頼むから、お前がそれを食べるなり配るなり好きにするといい」


そう言い切るとメニュー表を横から横取りするように取ると開く。どれに選ぶか悩んでいる。


「……フッ、そこまで面倒を見てくれるか。

お人好しにも程がある。だがそこは素直にご厚意を甘えるとしよう」


わたしは歌うのを忘れて謎のイベントを一部始終ぜんぶを呆然となって見ていたことに気づいて振り返ると曲は終わりを迎えていた。


「う、うわぁぁぁーーッ。

強引に一曲を追加する!」


「り、了解しました」


慌てて後輩は言われたとおりにしてくれた。

嬉しいけど、こき使っているようで心が痛む。

わたしは今度こそ最初から歌おうとマイクを持ち上げて高い気分を乗せて声を出す。

わたし達が利用しているのは壁に投影するタイプのプロジェクターを設置されている。カラオケなどで二面を設置されたデュアルプロジェクターの複数人でも楽しめるパーティールーム。

快適な空間で歌を楽しめれる。


「空に〜そびえる。くろがねの城」


わたしはマジンガーZのテーマを選んでいた。


「こ、これをチョイスするあたりヒヨちゃんらしいけど聴いたことがないよ」


とりあえずリズムに乗ろうとするエイちゃんは困惑気味となっている。有名だから古くても通じると思ったけどダメだったか。


「おぉーっ!まさかここでアニメを選ぶなんて。

いんを踏んでいて心が熱くなりそうです。やはり比翼さんスゴイですよ」


わたしが選んだ選曲だからと興奮をする葉黄。

そして男性陣のソファーで腰掛ける二人はというと楽しそうに雑談で花を咲かしていた。

どうせここには変物へんぶつしかいない!と、わたしはマジンガーZを喉から枯れる高さで声を出すのだった。

これのあとに次に選ぶのは迷わずグレートマジンガーのテーマで決まりだね。

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