第78話―NANAための100の質問③―

地獄だ。帰りたいと弱音を吐いても耳を傾けてくれず聞こえているはずなのにスルーされて走り続ける。

どこまで走ればいいのか。


「これは、そろそろ厳しいかな。東洋お兄ちゃん歩きましょうか」


「や、やった」


「きゃあッ!?それ言うなんて可愛い」


「可愛くない!」


どうしてボソッと呟いた心から出た声に何故そんなに嬉しそうなのか分からない。

おっさんの言葉なんてトキメク要素なんてないだろうに彼女の年齢からも充実した環境からも考えれば。

花恋は肩を微動だに息して朝の街中を歩く。


「ねぇ、あそこに入りませんか?」


にこやかとして下から顔を覗く花恋。まるでアイドルのような所作だね。

ドキッとさせられてしまった。


「喫茶店か。いつもなら首を縦に振るけど、生憎あいにくと周りを軽く走るだけだからと財布とスマホは置いてきたんだ」


入店して食事を摂ろうにも支払う方法がない。

またの機会に入店しようと頭の中でスケジュール帳を開き書き込む。そのまま店を通り過ぎようと進むと右の袖を掴まれた。引っ張るのじゃなく、がっしらとつかまれ捕まった。そんなオヤジギャグを声にせず呟き、どうしたのかなと目で尋ねる。


「こうなることを想定して用意していたんだよね。ふっふふ、ここは私が東洋お兄ちゃんの分も払ってあげますよ。

もちろん後で返してもらいますけど」


「えっ、さすがにそれは出来ないよ」


「どこか問題でも?ないですね普通に。

ほら行きますよ」


有無を言わせない勢いで連れていかれる。

いつにも増して凄まじい行動力だった。受け身にもほどがあるなと自虐的になりながら俺は引かれるまま歩くことにした。

でも心配や問題はある。周囲からはパパ活をしているように見えることで花恋がそんな風に視線を浴びることだ。

無邪気になって入ろうとするのは嬉しいが。


「体力が回復した。よし花恋そろそろ走ろう」


「もう東洋お兄ちゃんこういう話題を逸らくの下手!ねぇ、悪いことしないから

諦めて私に付いてくるだけでいいんですから。ここでお茶するだけ。遊びだけだから」


いや、純粋な気持ちで連れていこうとしたんじゃない。下心を丸出したナンパじゃないか!

この場で冬雅がいないことが幸いだったと、心からそう思う。もしそんな場面を見て聞いた翌日には逆ナンパデートが開幕することだろう。

カランカランとドアを開けると軽快な響きで入店を歓迎するのだった。

席に案内しようと店員が駆けつけるが表情筋がやや引き気味に表した。まあ、どうみても歳が離れているし援助交際にしか見えませんからね。せめて容姿が似ていたら兄と妹で通じるが。


「いい天気だよね東洋お兄ちゃん」


いきなりの無邪気な一声に、店員も聞こえたらしく引きられた笑みから自然な笑みを浮かべて案内。メニュー表が載っている眺め決めると店員に注文を取る。

こうした正面で二人で会話をする機会はなく花恋は学校の話をする。弾んだところで思い出したように軽食を食べる。

そろそろ店を後して時間をみれば瞬く間に時間が過ぎていた。これは入ろうとする前に発言したとおり花恋が支払った。恥ずかしかった。


「わぁ……マジで時間が経つの早すぎるでしょう。このまま走って東洋お兄ちゃんの家にいくしょー」


ハイテンションになった花恋は腕を上げてランニング再開と言った。エネルギーを摂ろうとして寄ったからね。

ゆっくりと走りながら花恋は、喋る。体力あるなと感心していると道路の端に荷物を重たそうに歩いているおうな(高齢の女性)の姿が見えた。


「それ超に重たそうだね。ねぇ、おばあちゃん大丈夫?私が持ってあげるよ」


「ハァ、ハァ。それなら俺が持つよ」


「いや、東洋お兄ちゃんヘトヘトじゃん」


お互いに譲り合うことに荷物を俺と花恋が持って歩き家まで送った。なかなか遠かった。

さて、時間的に余裕あるし走る。


「うわあぁーーんッ!?」


予算がまったく使っていない小さな公園で、子供が泣き叫んでいた。


「どうしたのキミ?もしかして迷子かな」


見て見ぬふりをせず花恋は、迷う素振りもなく一直線にその子の元へと駆けつけた。屈んで優しく尋ねる。その子は見知らぬ人に答えないと教えてられてか口を開こうとしなかったが無視するのも躊躇い頷いた。


「花恋、まだ近くに母親がいるかもしれないから付近に歩いて見つからなかったら交番に行こう」


「だね」


すぐ浮かんだ提案に花恋は同意した。

少し歩くが見当たらず、交番に届けた。けど無計画に動いたせいでパパ活しているのではと怪しまれて色々と尋ねられてしまった。

法のお巡りさんの誤解を晴れたところで母親が現れて無事に親子は帰っていた。

よかったよかった。お巡りさんと一緒に安堵した後また花恋とランニングを再開。

どうやら困っている人がいる見れば、反射的に手を差し伸ばす。はるかに年下だけど、その尊い精神に敬意を払う。


(そういえば、いつだったか花恋との出逢いはその特質から声をかけられたなぁ。

いつものように散歩していると援助交際しているじゃないかと疑われたけ)


懐かしんで走っていた。懐古にふけっていると花恋と目が合っていることに気づく。

黙ったままで目と目で逸らさずに見ている。

そして起きるのは――。


「……」


顔をトマトのように赤くなり花恋は目を逸らした。あまりこういうのは後で傷つくと自省。

熱中症で倒れないよう花恋は配慮していることには頭を下げる気持ちだった。


(JKにこんなことされても思わなくなった。これは明日頃には筋肉痛は確定だな)


アメむちの使い分けて、なんとか走り抜けた。これだけだとうらやましい話にもみえるかもしれないが半ば強引にマラソンよろしくと体力をしぼりとられる程と走らされて辛い。ただツラい。

エネルギー補給に、軽食も食べながらも走って走り、ようやく家の前まで着いて手を膝に置いて絶え絶えの息を整える。


「ハァッ、ハァッ……」


「ハァ、ハァ。いやぁー、やっぱりいい天気で走るランニングは気持ちですね。

お疲れ東洋お兄ちゃん、使用済みだけどタオルで拭きます」


「ううん……ハァ、ハァ。だ、大丈夫だよ」


ゼーゼーと苦しげに息をする俺の隣に立っている花恋は、ピンク色のタオルで顔を拭きながら渡そうとする。さすがに使用済みというワードに引っかかった俺はそれを拒否した。

過剰かもしれないが使ったタオルで拭くのは交際もしていない相手から貰うのは、ためらう。


「大丈夫とは見えないけど……ふっふふ一体なにを照れているのかな?えへへ、

仕方ないので私が拭いてあげてやるよ」


どうしてこうなったか、花恋は楽しげな笑みを浮かべて好戦的に両手で持つタオルを伸ばして一歩と近づていく。

その目の奥にあるのは獲物を襲わんとするのは、まるで狩人ようだった。


「だ、大丈夫だよ。そんな怪しく指を動かして迫らなくても……分かった!拭いてもらうぐらいなら自分で拭くから!」


「もう遅いよ。おとなしくしてくださいよ」


そうした反応が心底に楽しく刺激されてか花恋の笑みは嗜虐心しぎゃくしんにと歪んだ。

思う存分にそのタオルで顔をぞうきんで拭くようにしたが痛いと悲鳴をあげると申し訳なさそうな声音で「ごめん」と返した。

そのあと丁寧、、に拭かれるのだった。

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