真夏の雪だるま(その9)

千住宿に住む隠居老人の話では、胴元は住職で、壺振りは凄みのある若造だという。

その若造の手つきが、いかにも怪しかったので、

「いかさまだ!」

と叫ぼうとしたが、住職の後ろでひとり酒を吞んでいた牢人者が、気配を察したのか、片膝立てて睨みつけて来た。

それで、老人は黙って引き下がるしかなかった。


小伝馬町の典獄から得三を連れ出し、奉行所が真源寺の賭場に踏み込み、先手組は千住宿で待機することで話がついた。

浮多郎が先導し、騎乗した奉行所の与力・梶原勝之進が捕り方15名ほどを引き連れ、暗闇に沈む千住大橋を渡った。

万に一つでも鼻削ぎの悪源太を取り逃がして、先手組に手柄をもっていかれまいとする岡埜同心は、役外の今夜は、しんがりを悠然と歩いていた。


張り番をしていた与太に代り、祠の横の松の木に登った浮多郎は、真源寺の座敷を覗き見た。

座敷では酒宴がたけなわだった。

やがて、10人ほどの客を住職が本堂に案内してから小半時(30分)が経った。

それを潮時と見た浮多郎は、松の木を下り、騎上の梶原に駆け寄った。

捕り方は半ば崩れた土塀の周囲を固め、次に門の前の見張り番の男を捕えてから、御用の弓張り提灯を門の両側に立てた。

あとは、捕り方が怒涛のように本堂へ押し入った。

客たちは本堂に留め置かれ、まず壺振りの股匹だけの若い男が門前に引き立てられて来た。

弓張り提灯に照らされた若い男を見た得三が、

「あっ、辰郎さん」

と叫んだ。

つかつかと近寄った梶原が、

「親殺しめが!」

その狂犬のような顔を鞭で打った。

続いて縄でぐるぐる巻きにされた坊主頭の住職が引き立てられて来た。

「坊主をしょっ引いていいのか。寺社奉行に訴えてやる」

はだけた袈裟が脱げそうなほど暴れる住職が、大声で喚きたてた。

「辰郎、冥土の土産によいことをせよ。こやつが鼻削ぎの悪源太か?」

鞭の先で悪相の住職の顎をぐいと持ち上げて、若い与力がたずねると、首うなだれていた辰郎が、顔をあげて小さくうなずいた。


その時、追いすがる捕り方を振り払い、水車のように太刀を振り回す牢人者が、玄関から飛び出して来た。

門前で悪源太と辰郎が捕えられているのに気付いた牢人者は、反転し、駆けた勢いで土塀に飛び乗った。

そのまま刀を肩に担いで土塀を伝って走り、ひらりと祠のある裏山に飛び降りた。

「こっち、こっち」

松の木の上の与太が叫んだので、捕り道具を手にした捕り方たちが、必死の形相で跡を追った。

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