第57話 初ライブ前日

「来ねえな、未来人」とヨイチがつぶやいた。

 日曜日の午前9時、樹子の部屋には彼女の他にヨイチ、良彦、すみれの姿があった。みらいはいなかった。

 9時20分になって、ドアホンがピンポーンと鳴った。

 樹子が玄関に向かって駆けた。扉を開けると、目を赤くしたみらいが立っていた。

「遅れてごめんなさい。昨日よく眠れなくて、明け方にやっと眠れて、寝坊しちゃった」

「いいのよ。そんなこと気にしないで。さあ、入って」

 ふたりは階段をのぼり、樹子の部屋に入った。

 ヨイチと良彦の表情には心配そうな色があり、すみれの顔には多少の怒気があった。

「遅いわよ、みらいちゃん! 明日は大事な初ライブなのよ!」とすみれが叫んだ。

「ごめんなさい……」 

 みらいは頭を下げた。

「原田、その言い方はやめろ……!」

 ヨイチが低い声で言った。鋭いナイフのような迫力が秘められていて、すみれはひっ、と喉を鳴らした。

 若草物語のギタリストは一転して笑顔になり、「練習しようぜ」と言った。

「ええ、そうしましょう。『We love 両生類』からやりましょうか。あたし、あの歌が一番好きなのよ」

 彼らは演奏の準備をした。

 イントロが始まり、みらいが歌った。その歌にはいつもの冴えがなかった。力がなく、誰の心にも響かなかった。

 マズいな、と樹子は思った。どうすればいいの?

 すみれは不機嫌そうに押し黙った。

「なあ、明日は盛大に失敗しようぜ」とヨイチが言った。

「失敗……?」

「ああ。なんかおれ、成功するかもって思ってた。未来人の書く詞はおもしれえし、おれもまあまあいい曲をつくれたから、もしかしたら、受けるんじゃないかと思ってたんだ。でもさ、おれたちみたいな素人の曲が聴いてもらえるわけないじゃん。青春の思い出にどかーんと失敗しようぜ!」

「それいいわね。どかーんと失敗しましょう! 青春の思い出に!」

「きみたちはバカだなあ。つきあうよ、失敗に」

 みらいは憑き物が落ちたような顔をした。

「失敗していいの……?」

「いいに決まってるだろ。おれたちはプロじゃない」

 すみれはふっと笑った。こういうやつらなのか、と思った。

「しょうがないなあ。私も失敗につきあうわ。チンドン屋になったつもりで、パーカッションを鳴らすわよ!」

 みらいは花のように笑った。

「そっか。失敗しよう!」

「よーし、失敗の練習をしようぜ!」

 彼らはオリジナル曲の練習をした。奇妙な歌詞とポップなメロディを持つ5曲。  

 みらいは調子を取り戻し、楽しそうに歌った。

 本当に失敗してもいいや、と樹子は腹をくくった。

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