第52話 勉強と練習の日々
「期末試験は7月6日から始まるからな。またがんばれよ~」
6月15日月曜日の朝のホームルームで小川が言った。
みらいは緊張した。母とはいま良好な関係を築けているが、成績が落ちたら、悪化してしまうかもしれない。音楽をつづけるためにも、学業はおろそかにできなかった。
彼女は真剣に授業を受けた。バンドの練習をしなければならないので、授業中にできるだけ吸収するのが効率的だ。彼女は教師の言葉をひと言も聞き漏らすまいと集中し、黒板に書かれた文字は残らずノートに書き写した。その授業態度は暴力教師とも呼ばれる世界史の田中をも感銘させた。
「高瀬、おまえの授業態度は素晴らしい。よくおれの話を聞いているな。それでいいんだ!」
「はい! 世界史面白いです! どこが試験に出るか教えてもらえると、もっと面白いと思います!」
「調子に乗るな、バカモン!」
怒鳴られて、みらいは首をすくめた。
昼休みも、食後に彼女は勉強した。数学の教科書を睨み、わからないところを良彦に訊いたりした。
樹子はそんなみらいをあたたかい目で見つめていた。
放課後は練習だ。
みらいの声は少しかすれていた。
「昨日がんばりすぎたわね。声帯を傷めてはいけないわ。今日は声を出すのはやめておきなさい。帰ってもいいわよ」
「えーっ、練習したいよ!」
「無理しちゃだめよ。今日はヨイチに歌ってもらって練習するわ」
「じゃあ練習を見てる。みんなと一緒にいたい!」
「いいわよ。はい、のど飴をあげる」
「ありがとう、樹子!」
仲睦まじい樹子とみらいを、すみれはまた羨ましそうに見つめていた。
その日はヨイチのボーカルで、『世界史の歌』の練習をした。
低音の声が渋い、とみらいは思った。
練習後、彼女は自宅に帰り、母と会話しながら食事をし、夜は自室で勉強した。
火曜日には、みらいはまた熱心に授業を受けた。
成績別クラスはガンマ2だ。野球部の阿川のようなやかましい生徒はいなくて、彼女は勉強に集中できた。
昼休みは樹子と学食へ行く。
「たまには美味しいものを食べたいわ」と言って、樹子は麻婆豆腐定食を選んだ。
「あ、わたしも麻婆豆腐が食べたい!」
ふたりは並んで麻婆豆腐定食を食べた。しっかりと辛口だった。
「辛いものは大好きよ」
「わたしも。キムチも好き」
「あんまり辛いものは好きじゃない。お腹を壊すから」と対面の席で焼き魚定食を食べているジーゼンが言った。
放課後はまた樹子の部屋へ。
「今日は歌えるよ!」
「『We love 両生類』の練習をしましょう」
「私はトライアングルだよね。どういうふうに鳴らせばいいかな?」とすみれが言った。
「トライアングルは鳴らしすぎると邪魔だわ。ここぞというときに、リーンと鳴らして!」
「ここぞというときって?」
「任せるわ。原田さんがのリズム感がいいということは、いままでの練習でわかった。あなたも頭を使って、歌を引き立てるようなパーカッションを探求してよ」
「わかったわ」
樹子に褒められて、すみれは少しうれしかった。
『We love 両生類』は泣かせる曲調の歌だ。みらいが切々と歌うのを聴いていると、すみれは本当に泣きそうになった。
「樹子とみらいは高校以来の親友同士さ♩」という歌詞を聴いて、すみれはそこに自分の名前がないことを残念に思った。彼女はトライアングルをリーンと鳴らした。長く響く美しい
翌日の水曜日は文芸部の活動日。
みらいがまた歌詞をつくろうとしたが、樹子はそれを止めた。
「新曲ができると混乱するわ。いまは既存の5曲に集中したいから、書かなくていい」
「そう? わかった。じゃあ小説を書くよ!」
みらいは原稿用紙を机に置いて、さらさらと文章を書き始めた。本当にアイデアが豊富な子だ、と樹子は思った。
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