第46話 電話帳

 月曜日の昼休み、すみれはお弁当を食べ終わると、机に電話帳を置いた。そしてドラムスティックで叩き始めた。

 タタタタタタタタ

 タタタタタタタタ

「うるせえぞ」と阿川が言った。

「うるさいのは阿川くんの声」

 すみれは気にせず、叩きつづけた。

 タタタタタタタタ

 タタタタタタタタ

「凄いね、原田さん。ドラムの練習だね」とみらいが声をかけた。

「そう。上手くなりたいから」

 話している最中も手は止めない。

 タタタタタタタタ

 タタタタタタタタ

「バンド、がんばっているんだね」

「私たちのバンドなら、活動していないわよ」

「え? じゃあどうして練習しているの?」

「高瀬さんたちのバンドに入れてもらいたいから」

「ええっ、そうなの? 樹子、原田さんが若草物語に入りたいんだって!」

 樹子は胡散臭そうにすみれを見た。

「前にも言ったでしょ。下手なドラマーなんてお断りよ」

「でも練習しているよ」

「電話帳を叩くなんて、誰にでもできる」

 すみれは黙って叩きつづけた。

 タタタタタタタタ

 タタタタタタタタ

 火曜日の昼休みも、すみれは電話帳を叩いた。

 タタタタタタタタ

 タタタタタタタタ

「がんばってるね」とみらいが言った。

「うん」

「わたしたちのバンドに入りたいから?」

「そうよ」

「どうしてそんなに若草物語に入りたいの?」

「高瀬さんたちが楽しそうだから」

「楽しいよ」

「あなたが輝いて見えるわ。私も輝きたい」

 タタタタタタタタ

 タタタタタタタタ

「樹子ーっ! 原田さん凄くがんばっているよ!」

「その程度のがんばり、誰でもできるわ。未来人、バンドに大切なのは、技術よりも結束力よ」

「結束力?」

「仲間の絆よ」

「でも、わたしは初対面から樹子に仲よくしてもらったけれど……」

「未来人には最初から魅力を感じていたの。あなたにはオーラがあった」

「オーラなんてないよ」

「あるの! 原田さんには悪いけれど、オーラを感じない」

 すみれはドラムスティックに力を込めた。

 タタタタタタタタ

 タタタタタタタタ

 彼女は叩くのをやめ、立ち上がり、樹子の前に行った。

「若草物語のバンドマスターさん、私をバンドに入れてください!」

「嫌よ」

「がんばるから!」

「あなたになんの取り柄があるの? 未来人には歌唱力と作詞の才能がある。ヨイチにはギターの演奏力と作曲の才能がある。良彦にはベースの演奏力と未来人を導く学力がある。みんなの間には絆がある。原田さんを入れて、若草物語にどんなメリットがあるの? あたしたちは高みをめざしているのよ」

「見習いでいいわ! 役に立たないと思ったら、すぐクビにすればいい!」

「見習い……?」

「バンドを盛り上げる手伝いをさせて! なんでもやるから!」

「そこまでしてやりたいの? あたしたちは無名のアマチュアバンドで、まだろくに活動していないのよ?」

「若草物語はきっと注目されるバンドになる。そんな気がする!」

「もちろんそのつもりだけど……」

「樹子、原田さんを入れてあげようよ!」

 樹子はため息をついた。

「見習いよ」

「それでいい!」

 すみれの顔がぱあっと輝いた。

「あたしたちはまず、駅前ライブをやろうと思っているの。だから、いまはドラムスはいらない。原田さんにはパーカッションをやってもらうわ」

「パーカッション?」

「タンバリン、トライアングル、カスタネット、マラカス、クラベスなどよ。楽器は自腹で買ってもらうけれど、それでもいい?」

「いいわ! 買う!」

「じゃあ、とりあえずクラベスを買ってくれる?」

「クラベス?」

「拍子木みたいな打楽器よ」

「わかった! クラベスね!」

 すみれは強くうなずいた。

 若草物語にパーカッションが加入した瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る