俺と悪魔と随想録
ryoma
第1話
リエル=ベルンシュタインは、学院において、知らない人はいないほどの有名人である。この学院は、初等部、中等部、高等部で構成されていて、それぞれに3年間の課程があるのだけれど、彼女や俺らの通う高等部の生徒はもちろん、中等部や初等部の生徒の間でも話題になるほどの知名度である。
彼女は、座学の成績はもちろん、剣術の成績でさえ学年トップレベルなのだが、とりわけ、魔法の成績においては、トップレベルもトップレベル、なんせ学年トップなのだ。考査後に貼り出される成績順位一覧では、各分野全てで1位、ということは無いにせよ、総合順位では、毎度の事ながら彼女が1位に君臨している(ちなみに俺は30位あたりをうろちょろしているが、まあ、特に言及する事柄でもないだろう)。
そのうえ、能力もさることながら、その容姿は、一目見ただけで、男子だけでなく、女子までもが虜になってしまうと言っても差し支えないほど美しいのである。長い銀髪に、青い瞳、すらりとした背格好は、まるで人形……いや妖精……まあ、とにかく、人間とは思えないほど見事なものなのである。
とは言っても、そんな成績優秀品行方正清廉潔白な彼女が、誰かと言葉を交わしているところを見たことがあるやつは、おそらく学院にはほとんど存在しないだろう。彼女の声といえば、講義中に指名されたとき、決まり文句のように発する「わかりません」という6文字しか聞いた事がない。聞いたといったも、その程度のことだから、どんな声か厳密に説明できるほど覚えてもいないし、そもそも、それを聞いた事のなかに含めていいのかどうかもわからないのだけれど。
高等部1年から現在の3年にいたるまでの、2年と少しの間、俺もこうして同じ学級で、彼女と苦楽を共にしているわけなのだけれど、その間、彼女が話している姿は、まったく見たことが無いと断言できる。断言できてしまう。どうやら彼女には友達、どころか知り合いと呼べる人物すら、この学院にはいないようなのだ。まあ、一生のうちのたった3年、多い人は9年の、この学院生活において、そういった関わりが、絶対的に必要なものであるかどうかを問われると、それは幾分か答えずらい話ではあるのだけれど、もっとも俺自身、小さい頃それも年齢でいうと言葉通り初等部に通っている子と同じくらいの頃は、友達とかそういうのはわりと多い方だったのだけれど、今となっては、友情、ましてや恋情といった、学院における青春の1ページともとれるような代物とは、まったく無縁の生活を送っているから、一概に善し悪しについて言えるわけではないのだけれど、少なくとも俺や彼女にとっては、友達がいれば善というわけではないことは確かなのだろう。つまり、これから先、俺が彼女と関わりを持たなかったとしても、彼女が俺と関わりを持たなかったとしても、それでいいのだ。いいはずなのだ。
一部では、悪魔と契約をしたせいで能力を得たかわりに他人とはなせなくなった、とかいうおもしろおかしい、子供じみた噂まで囁かれているらしい。聞くところによると、彼女の家は先祖代々、契約魔法の類を得意としてきたらしく、そういった、代償を必要とするような魔法も多かれ少なかれ、行っているとかいないとか。まあ、所詮は噂も噂、話半分にすぎないのだけれど、もしそれが本当なのだとしたら、それはそれで驚くというか、悪魔という単語には馴染みがないわけでもないから、単純に興味のある話ではあるのだけれど、もっとも、それを知ったところで彼女をどうこうできるわけでもなければ、そもそも彼女と関わる機会なんてあるはずもないだろう。今までも、これからも。
とにかく、もうあんなことが起こるのも願い下げなわけだし、これからも、俺はできるかぎり静かに生きていこう、そう思っていた。
しかし、そんなある日、俺は彼女と出会った。 人形のようで
妖精のようで
人間でないような彼女__
リエル=ベルンシュタインと。
厳密に言うとそれは、ちょうど昨日の夜中のことなのだけれど、その日、俺はいつものように、街の中心にある教会の塔の上で星を眺めていた。あんなことがあってから、俺の身体も少し変わってしまったのだけれど、夜になっても眠くならない、というより睡眠を必要としない体になったことも、そのうちの一つだった。まあ、これは考えようによっては便利な能力ではあるのだけれど、人々が眠りについた静かでとても長い夜を過ごすのは、退屈というか、むしろ疲れるというか、とにかくそんな夜を、俺は星を見ながら過ごしているのだけれど、その日は、珍しく流れ星が見えた。否、流れ星に見えたそれはリエル=ベルンシュタインだった。人形のようで妖精のようで人間でないような彼女の背中には、鳥にも魔獣にも、天使にも悪魔にも見える翼がついていて、彗星の如く、夜空を泳いでいたのだ。どうやら、人間でないような、というのは案外本当だったわけなのだけれど、そこまで知ってしまったら、興味を持ってしまうのも不可抗力極まりないわけで、つまるところ、俺も俺の悪魔の翼で彼女のことを追いかけてしまったのだけれど、降り立った山奥の教会で彼女がしていたことと言えば、およそ、誰しも子供の頃必ず聞かされるであろう物語のそれだった。
いわゆる日光が弱点で
いわゆる大蒜が弱点で
いわゆる十字架が弱点の__
いわゆる冷酷な瞳で対象を見つめ
いわゆる鋭い牙で獲物を襲い
いわゆる闇夜を支配する王。
そう、彼女、リエル=ベルンシュタインは、いわゆる吸血鬼だったのだ。
俺と悪魔と随想録 ryoma @_7_rym__
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