第59話 ジェラルドの視点2
コンコンとノックして扉が開いたと思うと、ヨハネスが心底嫌そうな顔をして「帰れ」と言って閉めた。
「友達じゃないか、ヨハネス。開けてくれよー」
「早朝に来るな。それから帰れ」
全く聞き耳を持たない。
自業自得だけどね。
「今日、僕のことでライラちゃんから頼み事があると思うんだけどさ」
「……なんだって」
扉越しに、怒気をはらんだ声が聞こえる。
「事前に僕からも伝えておきたくてさ」
「必要ない。ライラから聞く」
「いいのー? 彼女からの頼まれ事、断りにくいよ。僕からも聞いておいてよ。ねー、ヨハネスヨハネスヨハネスー」
「……うっるさいな」
嫌々といった様子で扉を開けてくれた。
「ありがとう。さすがヨハネス、僕の親友だ」
「そんなものに、なった覚えはない……」
相当迷惑そうな顔をしている。
前に、酷いこと言っちゃったからなぁ。
「前はすまなかったよ。ヨハネスとライラちゃんの関係は、一緒に過ごしてよく分かった」
「それはよかった。雑談するつもりはない。用件を手早く言え」
皆と話している時と違って、やはり怒気をはらんでいる。彼女が言っていた通り、前の僕の言動をかなり根に持っているようだ。
「今日、彼女が言うだろう内容を言うね」
「……ああ」
「僕が、色々と相談をしたがっている。他に相談できる相手がいない。婚約者との冷え切った関係の改善方法とかね。内容は全てヨハネスに言って構わない。手も出さない。純粋な相談だ。約束もしない。図書館の最奥の三階の隅に、たまたま午前中に僕がいる。それだけだ。来なくてもいい。ヨハネスの許可があれば……相談にのりたい。そう言ってくれるはずだ」
「……ライラが断りにくい言い回しを、よくもまぁ考えたものだな」
ああ……やっぱり分かるんだ。
ものすごーく深いため息をついて、こちらを睨みながら椅子に座った。
「僕には半年しかないんだ。この前にも相談にのってもらってね。彼女の助言は僕の発想にはないもので、もっと聞きたいんだ」
「ああ、その話は聞いた」
やっぱり報告をしていたのか。
隠し事は関係性にヒビが入る。よく、分かっているんだな。
「……ライラが、好きなのか」
聞かれると思った。
嘘をついたって見破られるだけだ。
「その問いには答えない。そうだとしても、伝えるつもりはないから意味がないよ」
また、ヨハネスが重い息を吐く。
ま、言ってるようなものだよね、好きだって。
「それを聞いて、僕が了承すると思うか? ジェラルドが相手なら却下だと、僕が言わないと思うのか?」
「言うかもしれないと思ったから、事前に来たんだよ」
「……だろうな。だが却下だ。ライラを口説かせるつもりはない」
「口説かないってば」
「信用できるわけがないだろう。そもそも男と二人なんかにさせる許可は誰が相手でも出さない」
そうだよね。そう言うと思った。
「この学園に、あのカムラがいるよね」
「……いるが、それがどうした」
無法国家アルゲナで育った、カムラ・トッカム。殺しの才能がズバ抜けていて、齢八歳で過激派の小規模組織を壊滅させたといった噂が飛び交っていたらしい。
もちろんカムラの値を吊り上げるために、あえて流されていた部分もあるだろう。
どこの国もカムラの仕上がりを待つ中、仕上がる前にこの国に掻っ攫われたという顛末だ。
ものすごい金額が、組織に支払われたんだろうな……。
「僕が口説かないように、どこかで見張らせといてくれてもいいよ」
「……そこまでして何が目的だ。少しライラと話をしただけだろう。お前には婚約者もいる。ライラは僕を裏切らないし、手離すつもりもない。今までより仲よくなってしまえば、余計に辛くなるだけなんじゃないのか。引き時くらい、分かるだろう」
少しだけ、ヨハネスが困惑しているのが分かる。
「僕の毎日は灰色だった」
「………………」
「ヨハネスにだって、分かるんじゃないか。ライラちゃんがこの世界にいなかったのなら、今のヨハネスはどうなっているのか」
彼女が九歳の頃までは、ヨハネスの重荷になっていたと言っていた。それまでの記憶を、きっと思い出しているはずだ。
「僕はもう結構疲れている。王太子でいることにね。彼女の見方や考え方を知れば、変われるかもしれない。そんなふうに思っている」
「……同情はする。僕もライラに救われた。でも、だからこそ容認は……できない」
かなり悩みながら話している。
そうだよね。
ライラちゃんに愛されていると、思ってはいないんだもんね。彼女にお願いされても受け入れたくはないはずだ。
羨ましいよ。彼女からの愛情が当たり前になりすぎて、気付かなくなるほどに側にいたということだろう?
ヨハネスの隣にいる時にしか、あんなに開放的な顔は見せない。きっとこれからも……それを知ることはないのだろう。
「頼むよ、ヨハネス。半年だけなんだ。長い人生で半年だけ。それも週に一度だけだ」
「…………」
「僕には、あんなふうに話せる友達がいない。上辺だけの関係しかないんだ」
「…………」
「初めてなんだ。本音を話せる相手は」
「…………っ」
「相談だけだよ。長々とも話さない。誰かに聞かれても困らないような話しかしないし、早めに切り上げる。たまたま会って話しているという雰囲気も、出しておくよ」
ヨハネスの顔が苦悶に歪む。
彼女が好きになる男だ。思っていたよりも、優しい奴だったのかもしれない。
僕はヨハネスの前まで行くと――……跪いた。
「確かに話せば話すほど、国へ帰るときの傷は深くなるのかもしれない」
「な……って、おい、うわ、お、前……ちょ、男に泣かれたい趣味はないんだが、おい」
――男の涙は、ヨハネスに通用するのかな。
僕は、恥も外聞も捨ててここに来た。
それくらいしないと許してはもらえないことくらい、分かっている。
「話すだけでいいんだ。それ以上は何も……」
「お、前……。王太子だろう。おい、隠せるはずだ。なんでもない顔くらい……できるはずだろう」
「ああ、しようと思えばね……っ……」
ものすごく動揺している。
僕がヨハネスと同じ王太子でなかったら、こうはならなかっただろう。
今はその立場であることに感謝しよう。そのせいで、半年も経てばもう二度と、今のように彼女とは話せなくなるけれど――……。
「了承してくれるまで僕はここで、さめざめと泣き続ける覚悟で来たんだよ」
「――――――!」
ヨハネスが、思い切り絶望した顔で上を向く。
「頼む、ヨハネス。僕が半年後、国へ帰る時の傷を、悲しみを――……、大きく深く鋭くすることを……許してほしい」
ヨハネスは目をつむると、「部屋に入れるんじゃなかった」と言って、ガクンと項垂れた。
うん……、本当にごめん。
気持ちは分かるんだ。
長い沈黙が走る。
ものすごく、深く深く悩んでいるのが伝わってくる。
「……最終的にどうするかは、ライラと今日話してから決める」
「ああ、ありがとう」
「……了承した場合は、声が聞こえるような位置にカムラを置いておく。いつもかもしれないし、たまにかもしれない。いつもいると思っておけ。ライラには言わない。口説こうとしたら終了だ。その場で中断させて、カムラを使ってでも今後もう会わせない」
「ああ、十分だ」
「内容は、カムラからは聞かない」
「あれ、そうなの? 彼女から聞くのと、答え合わせはしなくていいの?」
「ライラが言わない内容は聞かない。口説いた時だけ、そこで終了だ。純粋な相談しか認めない。二人でいるところを他の学生にも見られたくはない。学生が近づいたらカムラに音を出させる。その時は黙れ。そうでなくても静かに話せ」
「分かったよ」
ヨハネス自ら僕たちを二人にさせるわけか……これは辛いだろうな。
「さっきも言ったが、最終判断はライラと話してからだ。まだ決めたわけじゃない」
「ああ。それでも考えてくれてありがとう。本当にごめん。ものすごく苦痛だろうと、分かってはいるんだ」
「……もういい。戻れ」
僕は項垂れたままのヨハネスに心の中で謝りながら、この部屋をあとにした。
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