第50話 委員会発案

「聞きたいことがあるんだけど……ライラ」


 うん、予想していた。

 こうなることは予想していた。


 でも、ヨハンの顔は怒っていないわね。

 というか……気難しい顔をしている。

 カムラへの信頼がありつつ、よく分からない報告を受けたのかもしれない。


「昨日のこと?」

「ああ……、あいつが後ろから君を拘束したって聞いたけど……」


 人が比較的少ないホール近くの東屋で、ベンチに座ってのんびりと話す。

 この前の校舎裏と違って、緊張感はない。


 しかしカムラ……。なんでも話すわね。


「拘束、ほど強くはないわ。後ろから実験器具を持った手を掴まれて、退路を軽く断たれた程度よ。たぶん本気で嫌がったら、すぐにやめたと思うわよ」


 いや……この説明も意味が分からないわね。

 どちらからも訳の分からない説明をされているとしたら、少し可哀想ね。


「そ、そうか……ごめん。すまなかった」


 でも、この顔だと全部分かっていてあの状態のカムラのところに私を行かせたのね。


「分かっていたんでしょ」

「なんの話?」

「あの子はヨハンの状況を、ここでは把握しきれなくて相当苛立っているわ。それに、自覚はしていないかもしれないけれど、羨ましいと思っているはずよ。張り付けないし、置いてけぼりにされたような疎外感を持っていると思うわ。可哀想じゃない。せめて、その日にあった出来事の一部でも話してあげて」


 そう言うと、驚いたように目を丸くした。


「……いや、そこまではっきりと言葉にできるほどの確信はなかったけど……すごいな」

「何が?」

「あの子、か。少し話しただけで、君にとってあいつは『あの子』になるんだな」


 ……しまった。

 ここでカムラの名前を出すのはまずいからと思ったけれど、彼やあの人という言い方もできたかもしれない。


 面白おかしく学園での話をする中で、だんだんと寂しがりやの少年のように思えてきたから……。

 前世での私から見れば、おそらく約半分程度の年齢だ。


 ヨハンの前だと、つい思ったことを思ったように言ってしまう。


「苛立っていたのは分かっていたでしょう?」

「まぁね。放っておこうと思っていたけど、君がお祝いを伝えたいって言うし、それもありかと思ってさ」

「日常の出来事くらい、少しは話してあげなさいよ」

「いやでも、想像してみてよ。今日はこんなことがあったんだ、そうですか楽しそうですねーなんて雑談する関係に見える?」


 ……見えないな。

 むしろ「結論はないんですか」くらい言いそう。……ヨハン相手にそれはないか。


「会った人くらいは……」

「いつものメンバーで会ったよ、で終わりだよ」

「……そうね」


 男同士って面倒くさいな。


 シーナは、毎晩担当の部屋に行くのも仕事の一つだ。全員が部屋にいるかノックで確認している。会話さえすれば扉は開けてもいいし、開けなくてもいい。

 私の部屋にも来てくれるので、簡単な雑談くらいはしているんだけど……。


 ヨハンとカムラがどの程度の会話をしているのかは、さっぱり分からない。


 もしかして……ヨハンは、私にも知っておいてほしかったのかな。カムラの奥にある、素顔のようなものを。


「そういえば、明日から金の曜日まで部のオリエンテーションがあるね、ライラはどこかに入りたい?」

「特にないわね」


 この学園には演劇や吹奏楽といった本格的にコンクールなどの優勝を目指す部と、美食部や文芸部など同好会として位置付けられている部がある。

 どちらも明日から見学や入部が可能だ。


「ならいいか。僕も公務があるしね」

「そうよね」


 同好会のほとんどは、せいぜい週に一度か二度、授業の後に行われる程度だ。この学園の授業についていくためには予習や復習も欠かせないし、仕方がない。

 本格的な部活組は実績を残せば色々と免除になるので活動に力を入れるのだろうけど、私たちには関係ない。


「君が言っていた、あの話だけど……」

「どの話かしら」

「委員会を発足させようと思っている」

「……話がまるで見えないわね」


 全くピンと来ない。

 誰かが私に成り代わって、ヨハンと会話をした?


「はい、これを読んで」


 鞄の中から資料を取り出し、バサッと渡される。よく分からないまま目を通して……。


「よく……作る時間があったわね」

「君が望んだからね」


 全然答えになっていない。


「でも、君の了解は得ずに作ってしまった。嫌なら嫌でいい」

「……嫌なわけ、ないじゃない」


 資料にはこう書いてある。


【委員会新規設立申請書】

 委員会名「知的ボードゲーム制作委員会」

 目的「ルビア王国王立学園の企画・開発による知的ボードゲームの販売と流通」


 その後は、詳細がもっともらしく書いてある。


 これは……あれよね。

 ボードゲームで、皆と遊ぶためだけの委員会!


「今まで私たちが遊んでいたのも、持ってくる?」

「そうだね。ミーナが作ってもらっていたところなら信頼できるし、適当な時期に高級な感じのものと安価なものを学園のマークも入れて二種類作ってもらおう。全部、君の夢の中から引っ張り出してきたものだろう?」

「まぁ……そうね」


 前世の著作権を持つ皆さん、ごめんなさい……。

 私たちが開発したことになってしまうだけでなく、いつか流通してしまいそう。著作権者が一緒に転生していたら、大激怒よね。


「こんな経緯でこうやって考案しましたみたいなレポートは、たまに適当に書いて僕が提出しておくよ。慣れてきたら本当に作ってもいいけどね。卒業前までには流通や販売も含めて道筋は立てておくから、皆で遊ぼう。部とは違って委員会なら、僕たちの許可なしでは他の人が入れないようにもできる。メンバーは固定で、僕たちの卒業後には遊ぶことがメインの同好会にしよう。制作した場合、商品化には学園と王室の許可が必要にしてもいい。王室と学園監修ってね。どこかの部屋も自由に使えるようになる。これが、したかったんだよね?」

「……全部お見通しね。想像以上だわ」


 私が呟いた「せっかく六人もいるんだし……アレ、できないかなー」の一言で、ここまでしてくれるとは。


「公務は大丈夫?」

「委員会は日の曜日に隔週と、平日の授業後に一日入れようと思っているよ。皆の部への入部状況を見て、都合が合う曜日に決めよう。僕も含めて、皆が負担なく参加できる頻度にしておこう」


 そこまで考えてくれているのね……。


 隣国の王子が二人いる。

 ヨハンと同じように、誰かに負けるわけにはいかない人生を歩んできたのだと思う。


 王子が複数人いるのは、良し悪しがある。

 助け合うこともできる。

 でも、第二王子の方が優秀だと周囲の人が思ってしまえば、本人たちの意思は関係なく、第一王子を引きずり下ろそうとする勢力が現れる。

 

 セオドアが隣国に来たのは、きっと比べられないためだ。自国の学園を軽んじて隣国なんかに行ったと思われても、第二王子は王座につく気はないんだとアピールするために来たのだと思う。


 ジェラルドは、そんなセオドアを心配して、見聞を広げるためなど適当なことを言って様子を見たかったのかもしれない。


 二人が安心して負けられる場所、むきになってどちらも勝とうとできる場所があればと思っていた。


 でも、それを形にしてくれるのは……ヨハンなのね。


 ヨハンがいなければ、皆と知り合えてはいなかった。

 メルルの靴屋を探し当てることもできず、たとえ婚約を解消していたとしても、距離があったはず。

 セオドアやジェラルドがああやって私と話してくれるのも、ヨハンの恋人だからだ。ただの公爵令嬢だったら節度ある距離を保っていた。


 リックとは……どうかな。ローラントのお姉さんとして、そこそこ親しくはなったかな。

 でも、身分が違うし性別も違う。

 ヨハンがいなければ、こんなにも仲よくはなっていない。


「どうしたらいいのかな……。私、ヨハンがいないと生きていけないかもしれない」


 ついそう言ってしまったら、今まで見たことのないような嬉しそうな笑顔で抱きしめられた。


「いいよ、そうなってよ。僕がいないと、立つことも息をすることもできなくなればいいと思っていた」

「それは……深すぎる愛ね」

「そう、愛しているんだ。やっと伝わったのなら嬉しいよ。これを作った甲斐があった」


 年月と共に輝きを増していく王太子様が、キラキラの笑顔で私に尽くしてくれる。


 婚約の解消をお願いすれば叶えてくれる。

 それなのに、私への愛は変わらなかった。

 学園の前で泣いたらシーナを職員にしてくれて。アレがしたいと言うだけで、ここまでのものを作ってくれる。


 どうしようもなく甘えて、依存してしまいそう。自分の足で立つことすら……できなくなりそうだ。


 ――愛情が深すぎて溺れてしまう。


 こんなに愛されたことは、きっと今までなかった。


 前世での孤独感を思い出す。

 私に関心を持たない両親、私への愛情も興味も失った夫……。


 ねぇ……ヨハン。私のことを好きでいてくれるのは、十六歳の女の子だから?

 私の全てを知ったら、愛してはくれなくなってしまう?


 いつかは離れていくと思っていた大好きな彼が、息づかいが聞こえるほどに側にいてくれる。


 私はあなたを騙して……、想ってもらっているのかな。


 愛されるのは、怖い。

 いつか失ってしまうかもしれないという恐怖が――、常につきまとう。

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