第21話 メルルとの出会い
「やぁ、ライラ。君はどんな姿でも素敵だな」
「それはどうも。あなたも顔だけはいつも通りね」
嫌味の一つくらい、言いたくなる。
なぜか朝からそわそわしていたミーナに、突然「私を信じて、この服を着て一緒に来てください!」と拝まれ、ザ・庶民という出で立ちで馬車に押し込まれ、人通りのないところで降ろされた結果が、これだ。
いい笑顔の、同じくザ・庶民という出で立ちのヨハネスが、目の前にいた。
「お忍びがしたいのなら、こんな真似をしなくても、事前に言ってくだされば付き合いましたのに」
「お忍びだと、嘘をついて連れ出すことも考えたんだけどね。君に嘘はつきたくないからな」
「この格好で? お忍びじゃないと?」
意味が分からない。
金髪碧眼の綺麗な顔が目立ちすぎるヨハネスは、地味な茶色のウィッグまで被っている。
この念の入れようで、お忍びじゃない?
「目的が違うんだ。メルルに君と、会いに行こうかと思ってね」
あ、そーいう。
そういうことでしたか。
――って、なんで私が!
「いつの間にか、親交を深めていらっしゃったのですね。私は会わなくても結構ですわ」
「違うよ。まだ一度も会っていない。動向はカムラに報告させていたけど、会うのは初めてだ。君がいるのに他の女性と会うのは、どうかと思ってね」
確かに、婚約者がいるのに平民の女の子の元へ通うのはまずいわよね。どこから漏れるとも限らない。
こっそり会おうかと考え、検討してやめたのだろう。
まだまだ恋を知らない男の子。でも、王太子としての自覚は持ち続けているようだ。
「この曜日の朝市には、必ず顔を見せるらしいからね。後をつけよう」
堂々と言うわね……。
「よし、時間がない。僕のことは様をつけないでよね。周りの人にばれないように、平民みたいなしゃべり方で頼むよ」
ぐいっと手を引っ張られる。
これだから小学生は!
……でも、来年は中学生になるのか。
そんなものこの世界にはないけれど、成長の指標にはなる。
「い、いきなりすぎるわよ。……でも、分かった。ここまで来ちゃったんだから、諦めるわ」
「お、観念したね。じゃ、行こう」
悪びれないわよね……。
いつの間にか、ミーナも馬車も見えなくなっている。
私たちに分からないよう、護衛しているのだろう。クラレッドと協力しつつ、どこかの屋根の上にでもいるのかもしれない。
パッと見で、外で護衛がついていない状況は、初めてかも。
ちょっと新鮮ね。
ここは一年中温暖な気候だけれど、一応季節はある。雲一つない青空の下、夏独特の乾いた風が気持ちいい。
次第に、呼び込みの声が聞こえてきた。
その喧騒の中に入って視線を上げれば、朝市のカラフルなパラソルがぶわーっと視界を覆う。
色とりどりのフルーツや野菜が並び、芳ばしい香りに包まれていく。
……もうメルルなんて、どうでもよくない?
この雰囲気を堪能したい。
いいなぁ、平民。そっか、平民になりきるんだっけ?
小学生気分を思い出して、綾香だったあの時よりも今を楽しんでも、よくない?
はー、いい天気ー。
花屋さんの花も、綺麗だなぁ。
「ぼーっとしているところ悪いけど、いたよ」
「えー」
興ざめだけれど、仕方がない。
見たくもないけど、見るか。
肩までの薄い桃色の髪。紫の瞳。
ふわふわした雰囲気で、マシュマロみたいに甘い笑顔で店の人と話している。
じ、じ、じ、自分だーーーー!!!
そうだ、乙女ゲーって、ヒロインが自分だとなりきって進めるもんね。名前も初期設定のメルルから変えなかったし、完全にメルルの気分でゲームをプレイした時を思い出したわ。
うっわぁー、本物のメルルだ!
ちょっと小さいけど、面影がある。
……もうちょっと近づいて見てみよう。
うはー、いきなり、かつて見た回想のスチルの映像なんかが、私の頭によみがえってきた!
ヨハネスを支えてあげたいと思いながらプレイしていた時を思い出すわね。
うんうん、大変なことも多いと思うけど、あなたなら支えてあげられるわよ。
だって、メルルだもんね!
「ライラ、なんか興奮していないか」
――あ、手をつないでいたとはいえ、ヨハネスのことを忘れていた。
「え?」
目の前にいる彼女が、勢いよく振り向く。
小脇に抱えていたバッグが振り回される形になり、店先に並んでいた白桃がいくつか転がった。
「あ、わっわっわっ、あぁ~っ」
慌てて彼女が拾いだしたので、私たちも手伝う。まさか、こんな展開になってしまうとは。
「困るよ、嬢ちゃん。気を付けてくれないと」
お店のおばちゃんが、迷惑そうに顔をしかめる。
「ご、ごめんなさい」
「転がっちゃったのを戻されてもね。傷んでいるでしょう。買い取ってくれない? それ」
「あ……うぅ。そ、うですね」
ものすごーく困った顔で、数を確認している。
なんとかしてあげたいけれど、いきなり連れてこられたから、私もお金なんて持っていないし。ここで使えそうな小銭は、そもそも持たない。
――って、ちょっと。なんでヨハネス、懐に手を入れているのよ。あなた高価な小物類か、あっても金貨あたりしか持っていないんじゃないの?
私よりも、金持ちでしょーが!
それは、駄目でしょう。
そう思ったところで、颯爽と気のいい青年が現れた。
「お姉さん、お姉さん、子供相手に目くじら立てちゃ駄目だよー。俺が買い取るからさ。朝から不機嫌じゃ、お客さん逃げちゃうよー?」
カ……カムラ!?
やっぱり護衛してくれていたのね。
いつものカムラと違いすぎて、びっくりね。
「まぁ、それならいいけどね」
「はい、じゃぁこれお金。迷惑料も入れといたからさ。紙袋は三枚ちょーだい」
そう言って、お金を渡して紙袋をもらうついでに、何かしらをおばちゃんの耳元で囁いた。途端におばちゃんの顔が強ばり、そしてわざとらしい笑みが広がった。
何を言ったのよ、カムラ……。
「ちっとも迷惑じゃなかったさ。子供は元気なものだからね! 楽しんでおいで!」
……いやほんと、何を言ったの。
「君たち、俺はこんなに食べられないから持っていきなよ。はい、この紙袋の中に入れてね。広場で食べたらどうだい? 成長期の子供なら、これくらいペロリだろ? じゃーな」
「あ、あの、ありがとうございました」
彼がいなくなる前にと、焦ったようにメルルがお礼を言う。
カムラ……ほんと、お前誰だよ、と言いたくなるわね。こうやって標的に近づくのね、とか思っちゃうわ。諜報活動も得意そう。
気を利かせたのかもしれないけれど、私は正直、この子としゃべりたくなかったわ……。
「あの、お二人も拾っていただき、ありがとうございました! せっかくですし、一緒に広場で食べませんか?」
「あー……ああ。そうだな……」
どうしようかと私を見るヨハネスに頷いてから、メルルに確認をする。
「いいの? まだ買い物の続きがあるんじゃない?」
「いえ、今日はぶらぶらと見に来ただけなので、大丈夫です!」
「そう? ならお言葉に甘えようかな。ありがとう」
そうして、私たちはその朝市を抜けて、人々の憩う大きな広場まで来た。
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